日経の買収から3年 英FT、有料購読者数100万が目前に

(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」の10月9日号に掲載された筆者コラムに補足しました。)

日本経済新聞社が英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を含むフィナンシャル・タイムズ・グループを買収してから、約3年になる(2015年11月30日に手通き完了)。日経はFTグループの全株式を8億4400万ポンド(当時の計算で約1600億円)で取得した。

FTの現状を見てみたい。

FT本社(公式サイトより:編集部)

記事広告が急成長

買収直前の印刷版の発行部数は約21万部、印刷版と電子版を合わせた有料購読者数は約73万だった。これが2016年に84万6000、17年に91万と着々と増加し、目標の100万まであと一歩となった。特に目覚ましいのは電子版購読者の増加で、17年では前年比(以下同)10%増の71万4000に。有料購読者の4分の3が電子版の購読者になる。

法人登記資料によると、収入の中で大きく伸びたのが「ブランド・コンテンツ」つまり、記事広告(前年比64%増)。「FTライブ」と題したイベントも収入増に貢献した。購読料収入が柱となるコンテンツビジネス、デジタル広告、イベントからの収入が全体の85%を占めた。

総収入は約3億2100万ポンド(約475億円)で前年より約1000万ポンド増えたが、営業利益は16年の約660万ポンドから約397万ポンドに落ち込んだ。FT広報部によると、この数字には「海外展開分が入っていない」(FT8月15日付)。海外分も入れると「2000万ポンドを超え、前年の2倍になる」(同)。しかし、登記には営業利益約397万ポンドと計上されている。

ジョン・リディング最高経営責任者(CEO)の17年の報酬は25%増の255万ポンドだった。営業利益の6割に相当する巨額報酬は、全国ジャーナリスト労働組合のFT支部から大きな反発を食らった。英国のトップ100社CEOの報酬増額幅を見ると、中央値は11%。リディング氏の大幅アップは目を引いた。

リディング氏は職員に向けた電子メールの中で、自分の報酬体制を見直すこと、増額分51万ポンド(税引き前)を社に戻し、女性の上級職への配置の増加と男女賃金格差の解消のために使うと述べた(ニュースサイト「プレスガゼット」、8月15日付)。FTの男女賃金格差は現在18.4%で、英国全体の平均値と一致する。現在、13人体制の取締役会(日経からは男性役員2人)には女性4人が入っている。

FTで働く人は16年の1306人から17年の1291人になって、少し減っている。1291人の中で、831人(36人増加)が「制作」、201人(21人増加)が「販売・配信」、「事務方」が259人(72人減少)で働いている。

デジタルへの投資

バーバー編集長は2005年の就任以来、FTのデジタル化に力を入れてきた。

当時7万5000人の電子版購読者は現在までに10倍以上に増えた。当初は月に無料で読める記事の本数を設定し、これを超えると有料になるメーター制を導入していたが、2015年以降、リディング氏の発案で「1か月1ポンドでその後は有料」という選択肢を提供した。「読者にFTを読むという習慣を作ってもらうこと」が狙いだった。

読者との結びつきを深めるため、「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」を作り、ソーシャルメディアを通じてのコンテンツ拡散に力を入れた結果、アクセスが20~30%増えた。技術投資の成果としては、16年にはウェブサイトのダウンロード最高速度をデスクトップで1.5秒、携帯電話で2.1秒に縮めた。

調査報道で存在感

FTは経済・金融分野にとどまらず、時節に合った調査報道にも取り組む。

今年1月、慈善団体「プレジデンツ・クラブ」が主催する男性客に限ったチャリティーディナーに女性記者を接客役として潜入取材させ、複数の女性接客係が男性客にセクハラあるいは性的攻撃を受けていたと暴露報道した。ディナーは毎年、企業の経営陣、政治家、芸能関係者などが出席していた。FTの特報は他の媒体でも大きく報道され、プレジデンツ・クラブは解散に追い込まれた。

ごく最近の特報としては、今月19日、元副首相ニック・クレッグ氏がフェイスブックのグローバルなコミュニケーション担当として雇用されることをスクープ報道した。

英新聞界全体を見ると、日本と同様に印刷版の発行部数下落が悩みの種だ。

英ABCの8月の調査によれば、日刊高級紙市場ではトップがタイムズ紙(約42万8000部、前年同月比5%減)、これにデイリー・テレグラフ紙(約37万部、22%減)、FT(約17万5000部、5%減)、ガーディアン紙(約13万5000部、8%減)の順となっている。

かつて電子ニュースを無料で提供していた英新聞界の状況は様変わりした。日刊高級紙市場ではタイムズが完全有料制、テレグラフがメーター制を採用し、「有料化はしない」方針のガーディアンはウェブサイトの記事を無料で読めるようにする一方で、有料購読、寄付、月ぎめ会費を払う「サポーター」制などの選択肢を提供する。インディペンデントは2年前に電子版のみとなり、その簡易版「i(アイ)」は地方新聞大手に売却されて、発行を続けている。

FTを含む各紙はそれぞれの生き残り策を編み出したといえよう。


編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年10月24日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。