なぜネット投票は導入されないのか

堀江 和博

今春、全国で唯一タッチパネルを用いた「電子投票」を実施していた青森県六戸町が休止を決めた。導入自治体が増えず、機器をリースする団体が採算面から供給出来なくなったようだ。(「日本経済新聞」2018.05.14

2003年、全国で初めて電子投票を実施した岡山県新見市の投票所(総務省サイト:編集部)

わざわざ投票所に足を運ぶよりもスマホやパソコンで投票出来れば便利だし、若者の投票率向上にも貢献するに違いない。少なくともタッチパネルを用いた電子投票ぐらい簡単に出来そうな気がする。しかし、現実はそうはいかない。

テクノロジーが向上した現在においても、なぜ「ネット投票」が導入されないのか。エストニアの例も紹介しながら、ネット投票導入を阻む課題について触れ、今後の展望について述べてみたい。

スマホで投票出来る国

バルト三国の一つである「エストニア」は、1991年に旧ソ連から独立をした人口約130万人の国である。独立後、国を挙げてIT技術の開発に力を入れた。その結果、ほとんどの行政手続きが国民番号と結び付いており、オンラインで完結する。

各種申請にわざわざ行政機関に出向く必要はない。住民登録、納税、登記、資産、医療、教育、警察など公的なものについて、婚姻・離婚を除くほぼ全ての手続きがオンラインで完結、法人登記が最短3時間で出来る話は有名だ。その他、処方箋や駐車場料金支払いなど民間・ビジネスに関わるものまで幅広く応用されている。

これらサービスの基本となるのは、全国民に割り当てられた「国民IDカード」の存在だ。これこそ我が国に導入された「マイナンバーカード」のモデルとなったものである。その普及率は脅威の94%(日本のマイナンバーカード普及率は10%程度)。ITに対する国民の意識も高い。

ネット投票の画面(出典:「NHK NEWS WEB」2018.06.01

そんなエストニアでは、2005年に地方選挙、2007年に国政選挙に「ネット投票」を導入。IDカードをリーダーに通し、専用アプリにログイン、投票画面には政党名と候補者名があり、候補者を選択するだけで投票は完了する。スマホからでも投票は可能だ。

乗り越えるべきハードルは多い

もちろん、我が国においても以前から「ネット投票」の導入について議論されてきた。しかしながら、越えなければならないハードルはいくつもある。

まず1点目は、「システムを安定的に運用できるか」だ。1億を超える有権者のデータを管理した上で、二重投票を防止するため、全国の各市町村のデータと即時的にネットワークでつながる必要がある。大量のやりとりを処理しながら、トラブルを防ぎ、安定的に運用することが果たして出来るのか。

2点目は、「投票の秘密を守れるか」ということである。ネット投票では、「投票内容」と「投票者情報」が紐づいている。つまり、投票者個人から投票内容を特定することも可能となる。投票の匿名性が担保できなければ、導入することは難しい。

3点目は、「誰かに強制されず、自由に投票できるか」という点だ。ネット投票だと、特定の場所に人を集めて、強制的に投票させることも可能となる。この点について、エストニアでは選挙期間中、何度でも投票をやり直せるようにすることで、仮に強制されても後で修正が可能な余地を残している。自由な投票環境の確保は大きな課題である。

その他にもコスト面や、法整備、投票事務など、乗り越えるべき課題は多い。

まずは在外選挙のネット投票から

昨年12月、野田総務大臣(当時)の指示により、総務省がインターネット投票の課題を検討する有識者研究会を立ち上げた。今年8月に報告書が公表されている。(「投票環境の向上方策等に関する研究会報告の公表」総務省

まずは、国外の「在外選挙」のインターネット投票から進めていくことが望ましいと考えているようだ。海外に住む有権者に対しネット投票を導入し、そこで経験を積み、今後の展開につなげていこうとするものである。

在外選挙インターネット投票システムモデル(出典:総務省)

ブロックチェーンを用いた実証実験も

過去の拙稿(「ネット世代が政治的影響力を持つのは何年後か」)において、「ネット世代が政治的影響力を持つのは今から約15年後であること」をシミュレートしたが、1年でも早くネット世代が影響力を持つためには、若い世代の「投票率の向上」を進めなければならない。

投票率向上の処方箋の一つに、「ネット投票」が効果的なことは言うまでもないが、前述したような課題をクリアしなければ導入は難しい。

そういった中、つくば市のようにブロックチェーン技術を用いた国内初の実証実験も開始されている(「日本経済新聞」2018.08.21)。また、国会においてもネット投票を推進する若手議員連盟も結成されている。

課題は多いが、ネット投票の導入に向けた今後の展開に期待したい。

堀江 和博(ほりえかずひろ)
1984年生まれ。滋賀県出身。京都大学大学院公共政策教育部公共政策専攻。民間企業・議員秘書を経て、日野町議会議員(現職)。多くの国政・地方選挙に関わるとともに、政治行政・選挙制度に関する研究を行っている。
公式ブログ(アメブロ)
公式サイト