メルケル氏の後釜を狙う“8人衆”

長谷川 良

遂にその時が訪れたというわけだ。メルケル独首相は29日、ベルリンでの記者会見で今年12月初めにハンブルク市で開催の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党大会で党首選に出馬しない意向を表明する一方、首相ポストは任期満了になる2021年まで務め、その後はいかなる政治ポストにも就かないと述べ、政界から引退する意向を明らかにした。

▲ポスト・メルケルの最有力候補者の一人、アンネグレート・クランプ=カレンバウアー氏、2018年2月26日、ベルリンのCDU党大会で(CDU公式サイトから)

▲ポスト・メルケルの最有力候補者の一人、アンネグレート・クランプ=カレンバウアー氏、2018年2月26日、ベルリンのCDU党大会で(CDU公式サイトから)

メルケル首相の党首辞任表明は10月に実施されたバイエルン州とヘッセン州の2州議会選でのCDUの惨敗がきっかけだが、「党首辞任はこの夏に既に決心していた」と述べ、18年間務めたCDU党首の辞任は2州議会選の引責によるものではないと説明している。

メルケル首相の辞意表明について、他の政党から歓迎する声こそ出ているが、惜しむ声は聞かれない。長期間、同じポストを掌握していたので、ある意味で当然の反応だろう。一部では「遅すぎた」、「党首ばかりではなく首相ポストも辞めるべきだ」(野党「自由民主党」リントナー党首)といったメルケル首相にはちょっと不快な批判の声も聞かれる。

メルケル首相の辞意表明を受け、CDU内で「われこそは後継者」といった出馬宣言まで既に出てきている。そこでメルケル首相のポストを狙うCDU内の8人の顔ぶれを紹介したい。

第1候補者はアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党事務局長(56)だ。メルケル首相は今年、サールラント州のアンネグレート・クランプ=カレンバウアー首相を党事務局長に抜擢した。州首相を党事務局長に抜擢するというのは通常の人事ではない。党員の中にも驚きの声が聞かれた。メルケル首相はこの人事を通じ、党内でくすぶり続けてきた後継者問題を鎮静化するため、事務局長を自分の後継者に担ぎ出したものと受け取られた。

クランプ=カレンバウアー事務局長はここにきて社会民主党(SPD)との大連立政権に批判的なコメントを発するなど、メルケル色を脱し、独自色を出す努力をしてきている。事務局長は目下、後継者レースで本命だ。

第2候補者はCDU内の反メルケル派の若手筆頭、イェンス・シュパ―ン議員(38)だ。メルケル首相は同議員を第4次メルケル政権の保健相に抜擢している。政権内に批判者を引き入れることで、その口を塞ぐやり方だ。政敵やライバルを外に放置せず、政権内で一定のポストを提供して飼いならす伝統的な手法である。

CDU青年部ではシュパーン議員支持の声が出ている。同議員はメルケル首相の難民歓迎政策に対しては批判的なスタンスをとってきた。若く、野心的で演説がうまい(独週刊誌シュピーゲル電子版)。メルケル政権下で失われてきたCDUの保守主義への回帰を目指す。

第3候補者はフリードリヒ・メルツ氏(62)だ。2000年から02年まで連邦議会のCDU議員団長を務めた。02年、メルケル首相との党内争いで敗北。09年に政界から引退し、弁護士業に戻った。ここききてメルケル首相の後釜に意欲を見せているという。経済分野ではリベラルだが、他の分野では保守的。年齢的にまだ十分若いが、同氏の党首選出はCDUの刷新、再出発といったイメージには合わない面も否定できない。

以上の3人が独メディアではメルケル首相の有力後継者候補とみられている。

それ以外としては ラインラント・プファルツ州のCDUトップ④ユリア・クレックナー氏(45)、そして⑤ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン国防相(60)の2人の女性候補者の名前が挙がっている。前者は2011年以来、ラインラント=プファルツ州議会議員団長を務めている。02年から11年までドイツ連邦議会議員。メルケル首相より保守的と受け取られている。敬虔なカトリック教信者。後者はメルケル首相の後継者最有力候補者として久しくその名前が挙がってきたが、その勢いはもはやない。7人の子供を持ち、医師でもある。

男性候補者としては、⑥ノルトライン=ヴェストファーレン州首相のアルミン・ラッシェット氏(57)と⑦シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のダニエル・ギュンター州首相(45)だ。前者はドイツ最大のノルトライン=ヴェストファーレン州出身で13万人のCDU党員を抱える党の最大基盤だ。穏健でメルケル首相の難民政策を擁護してきた。メルケル氏に忠実な幹部だ。一方、後者はシュパーン議員と同様、若手のホープ。CDUが世代交代をアピールしたい場合、同氏は有力だろう。政策的には前者に近い。

ポスト・メルケルの後継者レースの穴馬としては、⑧ヴォルフガング・ショイブレ連邦議会議長(76)の名前が出ている。コール政権の皇太子と呼ばれ、ポスト・コールの最有力候補者だったが、1990年12月、精神病の男性に銃撃され、下半身麻痺となり、それ以降、車椅子の生活を送ってきた。同議長にとって最後のチャンスかもしれない。1998年から2000年、CDU党首も務めた。メルケル政権下では内相、財務相を歴任するなど、その政治経験、党略歴では断トツだ。本格的後継者を選出するまでの暫定党首という選択肢も考えられる。

いずれにしても、12月開催のCDU党大会で新党首が選出された場合、メルケル氏に首相ポストの辞任要求が出てくることは必至だ。メルケル氏は過去、「党首と首相は同一の人物であるべきだ」と主張してきた経緯がある。党首の座を失ったメルケル氏が任期満了2021年まで首相ポストを務める、というシナリオは非現実的だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。