欧州で「移民協定」拒否のドミノ現象?

ウィーンに第3の国連都市を有するオーストリアが「移民協定」の不参加を正式に表明したことを受け、他の欧州諸国でも協定から離脱を模索する“ドミノ現象”が起きている。

「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」の最終案(34頁)のPDFから

国連加盟国は今年7月13日、18カ月以上にわたって協議してきた「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」(Global Compact for Safe, Orderly, and Regular Migration)の最終案(34頁)をまとめた。

今回の合意は移住に関するガバナンスと国際理解を改善し、今日の移住にまつわる課題に取り組み、持続可能な開発への移民と移住の貢献を強化するための基盤となる(国連広報)。すなわち、世界初の包括的な移民に関する枠組みというわけだ。ここでは「移民協定」と呼ぶ。

国連193加盟国中、190カ国がこれまで「移民協定」への加盟意思を表明してきたが、オーストリアの離脱声明をきっかけに次から次へと加盟保留の動きが出てきたのだ。

セバスティアン・クルツ首相(オーストリア国民党公式サイトより)

セバスティアン・クルツ首相は、12月10日から11日にかけモロッコのマラケシュで開催される「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト採択政府間会議」で正式に採択される「移民協定(Migrationspakt)」に参加しないことを10月31日に表明した。米国は昨年末の段階で移民協定に参加しない意向を表明してきたが、ハンガリーとオーストリアは今年に入り正式に離脱の意向を表明したわけだ。

ウィーンの離脱声明を受け、チェコ、デンマーク、ポーランド、クロアチア、スロベニアなど東欧・バルカン諸国で協定を拒否する国が出てきた。それだけではない。「欧州の盟主」ドイツでも「移民協定」加盟の再考を求める声が出てきているのだ(「オーストリア「移民協定」に不参加」2018年11月4日参考)。

ドイツではアンゲラ・メルケル首相(「キリスト教民主同盟」=CDU党首)やハイコ・マース外相(社会民主党=SPD)は「移民協定」を支持しているが、12月のCDU党大会で行われるメルケル首相(CDU党首)の後継者選出の最有力候補者の1人、イェンス・シュパーン保健相は独ヴェルト日曜版とのインタビューで、「連邦議会の政党間の討議はまだ終わっていない。重要な点はわが国が移民の流れを管理し、制限できる主権を維持することだ。移民協定では受入国だけではなく、問題のカギを握る移民出身国の責任も問題だ」と指摘し、7月に合意された最終案に懐疑的だ。同保健相がメルケル首相の後継党首となった場合、「移民協定」の行方は不透明となってくるだろう。

ちなみに、独移民問題専門家委員会は「移民側も受け入れ国側には新しいチャンスを提供する。主権の堅持も保証されているから、どの加盟国も強制されることはない」と指摘し、国連の「移民協定」を評価している。

デンマークは「移民協定」に対して態度を保留する一方、チェコとポーランドは批判的だ。スイスでも第1党の右派政党「スイス国民党」(SVP)は「移民協定」反対のキャンペーンを実施。バルカンではクロアチアとスロベニアが協定に懸念を表している。

クロアチアのコリンダ・グラバル=キタロビッチ大統領は、「移民協定への対応は政府の管轄だが、国民の協定への懸念を無視できない」と述べ、「私は協定に署名しない」と述べている。スロベニアでも最大政党、保守政党「スロベニア民主党」(SDS)は「移民協定」に反対、といった具合だ(以上、オーストリア通信を参考)。

それに対し、ミロスラフ・ライチャーク第72回国連総会議長(スロバキア外相兼副首相)は「『移民協定』は法的拘束力を有していない。加盟国の主権を尊重しているから主権侵害といった恐れはない。加盟国の移住政策が最終決定権を持つ」と説明している。ただし、「移民協定」では、「難民」と「移民」を区別する一方で「全ての次元の移民を包括する」と記述されている。

なお、クルツ政権が「移民協定」へ不参加を表明したことに対し、オーストリア内でバン・デア・ベレン大統領、ハインツ・フィッシャー前大統領、オトマール・カラス欧州議会議員らが、「移民協定を拒否するのは大きなミスだ。わが国の評判を落とす」と強く批判。それだけではない。オーストリア通信によると、外務省内の一部からもクルツ政権の決定を批判する声が出ている。曰く「移民協定に参加しないことは、1955年以来積み重ねてきたわが国の外交遺産を放棄することを意味する。外交の交渉力やプロ意識に疑問を呈することになる」というのだ。

「移民協定」の交渉プロセスでオーストリアの外交官は積極的に議論に参加し、最終案の合意に努力してきた。そのオーストリアが協定の最終案がまとまった後、政府から「ノー」を突き付けられたわけだ。外務省内にクルツ政権への不満が飛び出しても当然かもしれない。

「移民協定」は「移民問題がグローバルな課題である」と明記した政治的意思表明の性格が強いが、クルツ連立政権に参加する極右政党「自由党」のハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ党首(副首相)は、「移民協定は法的拘束力はないが、慣習国際法として適応される恐れがある」と主張している。

オーストリアの「移民協定」の拒否は自由党から強い圧力があったからだろう、と受けとられている。クルツ首相自身は「わが国は多国間主義を支持する立場には変化はない」と説明し、理解を求めている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。