外国人労働者を増やしても人手不足は解決できない

池田 信夫

政府は外国人労働者に「特定技能」という在留資格をもうける入管法改正案を国会に提出したが、この法案には穴が多い。そもそも「外国人労働者は移民ではない」という定義が意味不明だ。国連の定義では、移民とは「1年以上外国で暮らす人」である。

「特定技能1号」という資格で単純労働の就労ビザを発行し、滞在中に高い専門性が確認されれば「特定技能2号」として実質的な永住権を与えることになっているが、法案には対象業種も書いてない。受け入れ人数も不明だが、「初年度は4万人程度」だという。

技能実習生による介護実習の風景(在ベトナム日本国大使館サイトより)

こういう異例のドタバタで法案が出てきた背景には、来年の統一地方選挙や参議院選挙をにらんで中小企業の人手不足に対応しようというねらいがあるのだろうが、この程度では焼け石に水だ。2060年までに日本の生産年齢人口は約3000万人減る。毎年4~5万人の移民が入ってきても、その5%程度しか埋まらないのだ。

本質的な問題は数ではない。最大の疑問は、なぜ人手不足がこんなに長く続いているのかということだ。その答は、初等的な経済学で明らかだ。賃金が上がらないからである。絶対的な人手不足は、市場経済では起こりえない。労働市場が機能していれば、人手不足(労働の過少供給)になったら賃金が上がり、労働供給が増えて需要と一致するはずだ。

ところが次の図のように、パートタイム社員の賃金は上がっているが、正社員の賃金は下がっている。業種別にみると、建設・医療・介護は人手不足が深刻だが、一般事務は慢性的に過剰雇用だ。企業別にみると、人手不足は地方の中小企業に集中している。こういう雇用のミスマッチが大きいことが日本の労働市場の特徴だ。

正社員(左軸)とパートタイム(右軸)の実質賃金(時給) 川口大司・原ひろみ(2017)

この図の左軸と右軸を見るとわかるが、パートタイムの時給は上がっても、正社員のほぼ半分である。高給の正社員(特に事務系)を過剰雇用しているから賃金原資がなくなり、労働移動も少ないため人手不足になるのだ。正社員を増やそうとする安倍政権の「働き方改革」は、ミスマッチを温存する結果になった。

最近「人手不足倒産」という話が増えているが、その原因は地方の中小企業の経営が悪化して賃上げできなくなったことだ。このため労働者を低賃金で長時間労働させるので「デフレ」になる。安倍政権が移民でこれを救済するのは、資本主義の原理に反する。賃上げもできないような企業は、市場から退場するのが当然だ。

こういう労働市場のゆがみを放置したまま外国人労働者の受け入れ(大部分はパートタイム)を増やすと、地方の中小企業で低賃金労働者として雇われて賃金が下がり、日本人はそういう3K(きつい・汚い・危険)企業で働かなくなり、さらに人手不足になって移民を増やす…という悪循環になるおそれが強い。

それがいま「技能実習生」で起こっていることだ。東南アジアから実習生を紹介する業者の話を聞いたことがあるが、日本の企業は彼らを3Kの現場に回し、日本人と同格に扱わないので、実習生は帰国すると二度と日本に来ないという。

無原則に移民を増やすと、彼らが都市の一部に集まってスラム化し、社会に深刻な亀裂が生まれ、そこから後戻りはできないというのがヨーロッパの経験である。日本でも日本語のできない子供が増えて学校教育が混乱している自治体があるが、今回の法案はそういう問題にはまったくふれていない。

野党も「多文化の共生」などというきれいごとではなく、人手不足の根本にある労働市場のミスマッチを是正する改革を提案してはどうだろうか。その最大の障害になっているのは正社員の既得権を守る労働組合なので、この問題については野党が与党的な決定権をもっている。