こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。
先の「小池知事、自民党都連に陳謝」報道を巡っては、「言葉尻を取られただけではないか」「謝罪というほどのことではないだろう」という小池知事擁護(?)の声も聞かれましたが、その後は本人が陳謝したことを認め、さらには「謝罪文」まで提出していたことが明らかになりました。
他にも複数の新聞報道があり、自民党関係者も謝罪文の存在を認めているようです。
もう政治スケジュールとしては「すぐそこ」に迫っている都知事選に向けて、小池知事が生き残りをかけたギアチェンジに入ったことは疑いないと思います。
自民党都連は「これくらいでは謝罪とは言えない」というスタンスを崩していないようですが、狙うは「都議会本会議場での謝罪」でしょう。
代表質問でこうした一連の経緯をついて質し、本会議場で謝罪答弁を引き出せば、これは都政・都議会にとって極めて重大な意味を持ちます。
ここで謝罪を引き出せば、年明けの予算議会では知事予算案に対して「手打ちの賛成」を自民党がすることも考えられます。
知事選体制に入るほぼ1年前の区切りとして、都政の体制を大きく転換するなら、このタイミングが実はギリギリの最終デッドラインです。
そういう意味では、絶妙なタイミングでかじを切ったといえるのかもしれません。
自民党まで飲み込んだ都政運営は、「(共産党を除く)オール与党体制」となって、これまで知事や都民ファーストの会が批判してきたいわゆる「ふるい議会」に逆戻りすることになります。
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この陳謝・謝罪文の事実を知った時の私の感情は、批判や怒りではなく、まず「ただただ悲しく、残念」というものでした。
あの都知事選の時に、小池百合子代議士(当時)の「ルビコン川を渡りました」という言葉を信じて、激しく自民党と対峙した選挙戦はなんだったのか。
知事選後の議会運営でも、都知事選でも、ブラックボックスをこじ開けようと奮闘してきた日々は、すべて徒労でウソだったのか。
選挙戦で都民に対して行った一連の主張を「言葉が過ぎた」というのであれば、相手方の自民党都連に謝罪するだけではなく、それを訴えて都民すべてに対して
「どの部分が、どのように言い過ぎていて、どうして間違ったのか」
を明らかにし、説明を尽くしていただきたいと思います。
私自身は、選挙戦の時に小池知事とともに主張してきた内容に、特段の誤りがあったとは考えておりません。
引き続き心ある仲間とともに、あたらしい議会を創り出すべく改革を主張して参ります。
それでは、また明日。
編集部より:この記事は、あたらしい党代表、東京都議会議員、音喜多駿氏(北区選出)のブログ2018年11月9日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。