オーストリア連邦軍(Bundesheer)の退役陸軍大佐(70)が過去20年間以上に渡りロシア側にさまざまな情報を流していたことが判明し、セバスティアン・クルツ首相は9日、急きょ記者会見を招集し、説明に追われた。
マリオ・クナセク 国防相を伴って会見に現れたクルツ首相は退役陸軍大佐がロシア側に情報を提供していたという報道内容を認め、「スパイ活動は如何なる状況でも容認できない」と指摘、検察当局が元大佐に対し軍事情報の洩えい容疑で捜査を開始したこと、モスクワ側に説明を求めていることなどを明らかにした。
5年前に退役した元大佐がどのような情報をモスクワに流していたかは今後の調査を待たなければならない。オーストリアのメディアによれば、元大佐はロシア側から報酬として30万ユーロを得ていたという。金銭が目的で政治的、思想的な背景はなかったという。
ロシアのスパイ活動はオーストリアにとって珍しい出来事ではない。冷戦時代からオーストリアは地理的に東西両陣営の中間に位置していることもあって欧米と旧ソ連・東欧共産圏の間でスパイ合戦の舞台となってきた。
今回の出来事では、「誰が」、「なぜこの時にメディアに流したか」という点に関心が集まっている。先ず「誰が」だが、クナセク国防相は記者会見で、「数週間前、外国情報機関筋から情報を得た」と述べていることから、米国家安全保障局(NSA)かその欧州パートナー、独連邦情報局(BND)からの情報ではないか。
次は、「なぜこの時、西側の情報機関がロシアのスパイ活動をオーストリア側に通報したか」だ。クルツ政権は中道保守政党「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権だ。特に、自由党は近年ロシアとの人的交流を頻繁に行ってきた。自由党が抜擢したカリン・クナイスル外相の結婚式(8月18日)にロシアのプーチン大統領が招かれ、同外相がプーチン大統領とダンスをしている写真が世界に流れたばかりだ。
欧米諸国は、ウクライナ併合、元ロシア情報員の親子暗殺未遂事件(通称スクリパリ事件)に対し、ロシアに経済制裁を実施する一方、ロシア外交官の国外退去など厳しい対応を行ってきたが、オーストリアはロシア外交官の国外追放を拒否してきた経緯がある。それだけに、他の欧米諸国ではオーストリアの親ロシア政策に懸念の声が聞かれる。
そのような状況の中、オーストリア連邦軍元大佐のスパイ活動が暴露されたわけだ。クルツ首相は、「制裁も重要だが、ロシアに常に対話の道を開いておく方が賢明だ」と主張し、ウィーンの対ロシア独自外交を弁明してきたが、対ロシア政策の見直しを強いられることは間違いない。なお、クナイスル外相は12月初めに予定していたモスクワ訪問を中止している。
最後に、ロシアは何を狙っていたのかだ。元大佐によると、「ロシア側はオーストリア連邦軍内の情報や移民問題について関心があった」と述べているが、それだけではないだろう。オーストリアはバルカン情報のメッカだ。ボスニア紛争やコソボ戦争ではウィーンは東西の情報機関関係者にとって紛争勢力の情報が入ってくる貴重な拠点の役割を果たした。
また、アルプスの小国オーストリアは中立国で北大西洋条約機構(NATO)には加盟していないが、オーストリア連邦軍将校たちがドイツやフランスの軍関係者と交流することで入手できる情報をロシア側は狙っていた可能性が考えられる。
ちなみに、ロシアのスパイ活動はオーストリアだけではない。オランダのアンク・バイレフェルト国防相が今年10月明らかにしたところによると、オランダ・ハーグに拠点を置く化学兵器禁止機関(OPCW)でロシア連邦軍の情報機関、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のスパイ活動が発覚したばかりだ。
なお、モスクワ外務省は9日、駐モスクワのオーストリア 大使を外務省に呼び、今回の不祥事の詳細を聞いている。セルゲイ・ラブロフ外相は「わが国に対するスパオ容疑は根拠のないものだ」と強い口調で反論する一方、記者会見でロシアのスパイ活動を公表したオーストリア側の外交を「マイクロフォン外交」と呼んで糾弾している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。