ドラマ「相棒」シャブ山シャブ子の弊害

田中 紀子

超人気ドラマ「相棒」は、15年以上続く人気ドラマで、傷だらけの天使時代から大ファンある水谷豊さんが主演ドラマでもあることから私も大好きな番組です。いまだ高視聴率を誇るこの番組は、多くの方が楽しみにされている事でしょう。

この「相棒」11月7日の放送が、ことさら大きな話題となりました。
内容は、闇カジノをめぐる、暴力団の資金源を断つ話しで、刑事さんたちには「必要悪」とされるネタ元がいるんですね。

暴力団の抗争と、刑事さん達の派閥争いの中、実直な刑事さんが突然現れた、重度の薬物依存症者の女性に殺される…という設定で、この重度の薬物依存症者の女性というのが、あまりの狂気のために「怖すぎる!」と、大評判になったのです。

それはまるで「ゾンビ」のような、悪夢の演出でした。
子供たちが遊ぶ秋の気配漂う公園で、季節外れの、汚いTシャツと短パンで、ふらふらと歩きながら、奇声を発しハンマーで刑事さんを殴り殺した上、しかも取調室では、「シャブ山シャブ子です。17歳です!」と白目をむいて答え、幻覚を振り払うようなしぐさまでするのです。

さらに取り調べにあたっている刑事さん達から「本人の責任能力は問えない可能性があります」などというセリフまで発せられるのです。

この女優さんの怪演は、瞬く間に話題になり放送時にはTwitterでトレンド入りし、後追い記事も次々と出されています。

ネットで話題の“シャブ山シャブ子”Twitterに降臨 演じた江藤あやが写真公開(ORICON NEWS)

『相棒』で怪演 シャブ山シャブ子の“正体”(AERA.dot)

あまりに奇妙な役どころであり、演じられた女優の江藤あやさんの振り切った演技に、世間も驚き、評判になっているのだと思いますが、このような薬物依存症者に対する明らかな誤解を、ことさらデフォルメした演出には、弊害しかもたらさないこと、こういった演出は重大な人権侵害である事を申し上げたいと思います。

私も、何人も薬物依存の友人がいますが、こんな人は見たことありません。
もちろん回復者だけでなく、依存真っ最中の仲間達を含めてです。

薬物依存症はれっきとした精神疾患であり、懸命に治療に向き合っている人達がいます。
薬物依存症者のご家族も、心労を抱えながらも前向きに生き、当事者の回復を願っています。

にもかかわらず、薬物依存症者が平気で殺人を犯すような人物に描かれ、さらにそれが罪にも問われず、逃げ伸びているかのような演出は、いくらフィクションドラマだからと言って、看過してよいこととは思えません。

社会に大きな誤解を与え、ただでさえ自業自得感の強い依存症者とその家族はますます居場所を失います。それが、社会のためになることでしょうか?

この番組は他の精神疾患で、このような演出をしたでしょうか?
もし他の精神疾患で同じ演出をしたなら、各方面からバッシングを受けるはずです。

ところがことさら声をあげにくい、依存症者になら何を言っても良い、どんな演出をしても文句はあるまい、という番組の姿勢には大きな疑問を抱きます。

勝手な思い込みや印象で、ことさら人格を貶め、誰かを傷つけたとしても、視聴率が取れるならなんでもありなのでしょうか?

また、こういった演出は、薬物問題の予防にも悪影響をもたらします。
青少年が薬物と出会った時、このような狂気に満ちた人物こそが薬物依存症者だと思っていたら、実際には全く違う「普通で」「かっこよく」「優しい人」が、薬物を差し出してくるのです。

だとしたら子供達は、その思い込みゆえに「一度なら大丈夫」「コントロールできるさ!」「疲れがとれるよ」という言葉を、やすやすと信じてしまうことでしょう。弊害でしかありません。

私も、人気番組でもあり、この回のお話し自体は大変面白い内容だったと持っています。
それだけに、何故唐突に現実味のない「シャブ山シャブ子」などという人物を挿入したのか?
残念でなりません。

「相棒」の制作に関わる、責任者の皆様、そして脚本家の方々には、番組作りに対する、真摯な姿勢での再考を願います。


編集部より:この記事は、公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表、田中紀子氏のブログ「in a family way」の2018年11月11日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「in a family way」をご覧ください。