最近、動画アプリ「Tik Tok」が大ブレイクしている。
アプリを開いて土星のような形のマークをタップすると、膨大な数の動画が出てくる。
どんどんスワイプしていっても、尽きるところがないような感覚に襲われる。
「このような膨大な動画の陳列台のようなアプリを見る人がそんなにたくさんいるのだろうか?」
という疑問がまず頭に浮かんだ。
その疑問に対する答えが、もしかしたら「Tik Tok」ブレイクの理由なのかもしれない。
ブレイク理由に対する私の仮説は以下のとおりだ。
「見る人は必ずいる。動画をアップした本人であり、本人の家族や友人だ」
つまり、一つの動画を膨大な人数が見るのではなく、アップされた膨大な数の動画を本人を中心とした数人が確実に見る方が、アプリ全体としては安定的に活況を呈するということだ。
一人の大スターよりもたくさんのインフルエンサーを集めた方が広告効果が高くなると言われて久しい。
富士山型よりも他山型の方が、より広告効果が大きいということだ。
広告効果ではないが、「Tik Tok」にアップしている本人や関係者が動画を見れば、アップされている動画の数に応じて訪問者は増える。
膨大な動画を一覧でアップすれば、それに応じて閲覧者も膨大になる。
アップしている膨大な数の本人や関係者が、ある意味「Tik Tok」の営業パーソン化しているのではなかろうか?
「アップしたから是非見てよ!」と周囲に言い回り、はからずもアプリの広告塔になっている。
あれだけ膨大な動画を一つの画面で延々と並べるのは、そういう狙いがあるのかもしれない。
YouTubeのように検索する必要はないし、アプリを開けばすぐに自分や知人の動画にたどり着くことができる点は、当人たちのナルシズムをくすぐるだろう。
一見、ごちゃごちゃと膨大な動画を並べている目的が私の仮説の通りだとしたら、ある意味新たなモデルケースだと思う。
ランキングに入る必要もなければ、検索する必要もない。
同じような動画をある程度分類してずらりと並べているので、アップした本人にとって自分の同類を見つけるのも容易だ。
同種の動画をどんどん見るようになれば、波及効果は計り知れない。
時代は、他山型から個の時代に来ているのかもしれない。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。