きのうの記事の一部訂正。この記事でも書いたように、私を含めて多くの人が「有価証券報告書の虚偽記載で逮捕ってどういうこと?」と疑問をもったと思うが、日経新聞の19時の記事が、その疑問を解いてくれた。
常識的には、役員報酬の支出は財務部門を通り、取締役会で承認するので、会長個人が虚偽記載することは不可能だが、ストックオプション(新株予約権)などの権利は必ずしもそうではない。これは2011年の日産の有報だが、右端の「株価連動型インセンティブ受領権」(SAR)の欄が、ゴーン会長だけゼロになっている。彼は実際には、5年で40億円のSARを自分に付与したという。
SAR(stock appreciation right)はストックオプションと似ているが、株価の値上がり益を現金で受ける権利だ。日経によると、日産の役員に付与する各期のSARの上限は株主総会で決定され、詳細は取締役会に一任されるが、役員への配分は取締役会の決議事項ではなく、ゴーン会長が決めていたという。
他の取締役が4200万円とか2800万円のSARを受け取っているのに、ゴーン会長だけ0円というのは不自然だが、会長がSARを自分に配分したら、その額を他の取締役は知りえない。権利行使しないと現金が動かないので、SARはブラックボックスになっていたと思われる。
ストックオプションなどの権利を所得とみなすかどうかは国によって違うが、他の取締役のSARは開示しているのに、会長だけ報酬の半分近くを隠していたことになる。これは2010年に金商法で役員報酬の開示が義務づけられた後だけなので、日産がSARを導入した2003年以降を通算すれば、もっとあると思われる。
ゴーン会長がこういう虚偽記載をした理由は脱税だけでなく、高額報酬に対する批判から逃れるためだろう。彼は(ルノーの株主である)フランス政府からも高額報酬を批判されていたが、「役員報酬10億円は安い」というのが持論だった。
日経の報道が事実だとすれば「金商法違反は本筋ではない」と書いた私の記事は誤りだ。40億円は日産ほどの大企業にとっては大した額ではないが、最高経営者が会社を欺いた意味は重い。こういう行為を許すと、会長(取締役会議長)はお手盛りで自分の役員報酬を上げ、それを隠すことができる。
根本的な原因は、会長の一存で役員報酬の配分を決められる会社法の規定にある。これまで日本では役員報酬がそれほど高額ではなかったので、報酬の監視や開示のしくみができていない。報酬が現金だったら有報でわかるが、ストックオプションやSARのような権利はごまかしやすい。今回の事件は、こういう法の盲点を突いたものだ。
英米並みの役員報酬を求めるゴーン会長の気持ちはわかるが、それなら堂々と高額報酬を計上し、その根拠を説明すべきだ。ところが日産には報酬委員会も設置されず、彼の「隠れ役員報酬」を取締役会も黙認してきたのではないか。
SARの権利を設定する処理には財務部門のスタッフがかかわるので、会長だけ0円という数字が虚偽であることはわかっていたはずだ。社内でも指摘があったが、ゴーン会長とケリー代表取締役は修正を拒否したようだ。会社側は、被害者とばかりもいえない(それが司法取引の理由だろう)。
ゴーン会長の独裁体制が長く続きすぎた弊害はあろうが、彼をスケープゴートにして幕引きしないで、制度設計を考え直す必要がある。日本では会社は経営者のものという通念があるが、経営者は株主の代理人であり、それを取り締まるのが取締役会だという株式会社の理念に立ち返るしかない。