「同僚はいつも会社のグチばかり。いい加減、やめてほしい」「ちょっと注意しただけで、すぐにへこんでしまう部下。どう言えばいいのか」「上司が身勝手すぎる。このままでは、若い人が辞めてしまう」。職場の人間関係では、「言いたいこと」がなかなか「言いづらい」もの。しかしこのままでは、ストレスが溜まってしまう。
今回は、『「言いづらいこと」を、サラリと伝える技術』(三笠書房)を紹介したい。著者は、稲垣陽子さん。プロフェッショナルコーチである。コンサルファームのPwC、コーチ・エィなどを経て独立。2014年に設立した「共創コーチ養成スクール」は、国際基準を満たした国内4社目のコーチングスクールとして ICF から認定されている。
職場の雰囲気がどんどん悪くなる
稲垣さんは、「言いづらいこと」を言わないことで生じるデメリットについて次のように解説している。「職場の雰囲気がどんどん悪くなる」ので注意が必要である。
「『言いづらい人』に対して、周りの人たちは腫れ物に触るような関わり方をしたり、必要以上に遠慮したりしていることがよくあります。たとえばチームの中にひとり、課題のある人がいるとしましょう。周りのみんなは、その人の課題について気づいていて、気にもなっています。でも、その人に面と向かつて『あなたのここが悪い。だから直して欲しい』と言う人は、まずいません。」(稲垣さん)
「みんなが、その人が何をしたらいいのかわかっているのに、本人だけがわかっていないのです。本人は、実際に自分の何が問題なのか、どこを修正しなければいけないのか、明確に自覚できていません。誰からも指摘されずに、本人だけの力で気づくというのは『とてもハードルが高いこと』なのです。」(同)
その結果、その人はますます周囲から孤立していく。最終的には誰も手がつけられなくなり、職場の雰囲気が悪化する。そんな最終段階でやっと話し合いの場を設けても、もはや手遅れで、収束させることがいっそう困難になってしまう。
「後々、チームの大きな不和につながったり、クレームにつながったりして好ましくない状況に陥らないためにはどうすればいいでしょうか。『言いづらいこと』を小さな芽の時期からきちんと伝えておくことが、後々の禍根を断ち、そのときはたとえ苦しむことがあっても、最終的には好ましい状況につながるのです。」(稲垣さん)
本書で紹介するコーチングの特性
筆者はEQベースのコーチ資格作成にたずさわっていたことがある。コーチングの特性については概ね把握している前提で解説を加える。
コーチングは、コーチとメンターに分類される。コーチングでは個人の内面にアプローチをするため、他人には知られたくないような事柄も含んでいることが少なくない。大切なことはテクニックやスキルではなくコーチとメンターの信頼関係にある。
また、コーチングの目的は多岐に渡るが、その多くは表面的なスキルの寄せ集めが多くなる。ベースのテクニックやスキルも酷似しているため、使い手の力量が伴わないと活用できないことが多い。ひとつの手法をまるで「魔法の杖」のごとく提唱しているコーチがいるが、万能ではないことを理解しなければいけない。
これまで、筆者はコーチングに少々懐疑的な立場をとっていた。しかし、稲垣さんの「共創」を目的としたロジックはわかりやすい。相手との関係性を見抜く「リレーションシップ」に重点を置いているためである。「リレーションシップ」の強化が組織活性化を促す流れも明瞭である。実態に合わせたコーチングといえるだろう。
本書は、「言いづらいこと」を相手に伝えて、困った人たちと上手に付き合う方法が書かれている。状況別のケースも豊富である。新入社員や新任管理職に読んでもらいたい1冊。筆者の『即効!成果が上がる文章の技術』(明日香出版社)もあわせて紹介しておく。
尾藤克之
コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員