国会で議論されている政府与党提案の入管難民法改正案の内容と、現行の技能実習制度の惨状を見ると、入管法改正の狙いが見えてくる。さらに私が住む豪州の移民制度の根幹である海外人材活用のためのビジネス・ビザ、TSS(Temporary Skill Shortage)ビザと比較してみれば、日本政府の狙いは一目瞭然である。
結論から述べる。
1.この法案の目的は技能実習性を、業界の要請に基づき「特定技能1号」にスライドさせ、低賃金で働かせることが目的である。その証拠に、政府は技能実習生として3年以上の経験を積んだ外国人は「特定技能1号」の試験を免除するという“抜け道”を示している。
この「特定技能1号」を使えば派遣法における「3年勤務したら正社員に登用しなくてはならない」というルールは骨抜きになり、日本人労働者の仕事は減り、賃金も下がる。特定技能の在留資格は人手不足が前提なので、不足が解消したら在留できない可能性もある。これはいつでも首を切り、母国に送り返せることを意味する。雇用契約の更新拒否が恣意的にされる可能性もあり、外国人労働者は派遣法下の日本人労働者よりも厳しい状況に置かれることになる。
2.一方「2号」の対象候補は「建設業」「造船・舶用工業」など5業種にとどまっている。政府は数を絞り、「2号」の要件厳格化に加え、永住権付与の条件は出入国管理法の規定通りとしている。「2号」は永住権につながるため移民法そのものと保守派からも批判されているため、一種の目くらましとして使った後、政府は「2号」案はしばらく保留する可能性がある。政府にとって「技能実習生」を「特定技能1号」という看板への書き換えさえできれば目標を達成したことになる。
3.法案の実態はがらんどうで、具体的な内容は省令として発令されるが、所管の官庁と業界団体の協議事項が多く、立法府のチェックを免れることになる。つまり利害関係者のみの談合で仕事に必要な「相当程度の知識または経験」の試験方法と判定基準、仕事と生活に必要な日本語の測定手段と基準が決められる恐れがある。特に日本語のレベル測定には国が認めるテストが使われなければならないが、曖昧なまま運用される可能性が大きい。
次に、豪州における外国人労働者導入目的である短期ビザ(Short Term Stream)と中長期ビザ(Medium Term Stream)について説明し、日本の法案がいかに非人間的で穴だらけであるかを示す。
豪州は48年の歳月を掛けて人口を倍増し、2018年8月7日、2,500万人を突破した。毎分1人のペースで流入している移民は、27年間景気後退なしという世界最長の経済成長に寄与し、豪州を先進国有数の多文化国家にした。年16~19万人の移民受け入れによって豪州の人口増加率は現在1.6パーセントと、世界の人口増加率の1.1パーセントを上回っている。
この豪州の成長を支えた移民制度の大枠は
1.スキルのある外国人を移住させ、産業の振興に貢献させる。オーストラリア人だけでは不足している業種の労働需要を埋める目的も含まれる。
2.大金を持ちこんで投資を通じて豪州の国益に寄与する外国人を受け入れる。
3.永住権、さらにその先の市民権取得に道を開くことによって国民の数を増加させ、少子高齢化対策とGDP上昇を狙う。(1991年以降、GDPは年平均3.2%のペースで増加、人口の増加がそのほぼ半分に寄与したと言われている)
移民制度の基本方針は
1.市民(オーストラリア人)および永住権保持者とそれ以外のビザ保有者を明確に区別することにより、居住者の権利と責任を明確にする。
2.受け入れ労働者の家族帯同を許し、国内消費と国内産業の振興に寄与させる。
3.安全保障、国内治安の維持、居住者の管理のため、各分野における居住者のデータを取り、リンクして統合管理を行っている。移住者のトレースは容易でテロもいくつか事前に防止されている。
4.外国人の受け入れに伴うサポート体制を整える。特に言語に関するサポート体制(160か国語に対応できる翻訳無料サービス)は高度に整備されている。
TSS(Temporary Skill Shortage)とは?
豪州が提供するビザは、文字通り「一時的に不足している技能(TSS)を埋めるためのビザ」である。
1.技能のレベルや国内での労働力不足の度合いに応じて短期ビザ(2年+2年延長可)と長期ビザ(4年+永住権に繋がる可能性あり)に分かれており、職種リストもかなり限定されている。短期と長期で職種リストは異なる。
2.ビザの発給には、労働市場調査(Labor Market Testing)と呼ばれる、現地人を優先して雇用することを試みた証明が必要。2種類以上のメディアに最低4週間募集広告を出すことが義務。募集は年収53,900ドル(431万円)の最低賃金を上回らなくてはならない。
3.英語力はブリティッシュカウンシルが実施するIELTS で、読み書き、リスニング、スピーキング全体で5点以上のスコアが必須。これは簡単ではない。
4.年齢制限は無し。(ただし、永住権申請は45歳までの縛りがある)
5.帯同出来る家族は配偶者と子供。
6.雇用主/スポンサーが年金やプライベートの医療保険料を払う義務がある。保険料は帯同家族分まで。国民健康保険には加入できない。
7.低賃金労働と搾取を防ぐ目的で、オーストラリアの現地従業員と同等の労働条件を提供し、賃金を払う義務がある。
8.雇用主/スポンサーには、Skilling Australians Fundという、永住者/国籍保持者向けの職業訓練機関の運営に使用されるファンドへの出資が義務付けられる。
9.健康診断の必要あり。
10.過去10年間に12ヶ月以上住んだ国からの無犯罪証明書提出義務あり。
次に、日本の現法案に欠けている穴を列記する。
- 労働者を低賃金労働力としか見ておらず、家族帯同も許さない「特定技能1号」は国際社会から非人道的と見なされる恐れがある。
- 日本人労働者の給与レベルが下がるのを防ぐ仕組み(同時に「特定技能1号」の給与水準を日本人並みにすることを担保する仕組み)がない。
- 短期労働者向けの民間個人医療保険を用意し、保険料は労働者と雇用者/スポンサーが支払うべき。国民健康保険加入は国富の蚕食である。
- 外国人のサポート体制ができていない。
- 外国人のデータ管理システムができていない。豪州は毎年外国人や二重国籍者を含めた92万人(2017年)余りが登録されている「要注意人物リスト」を作成している。日本もこの種のデータベースの作成と中国の「国防動員法」対策の要となるスパイ防止法などの法的環境の整備が必要。
- 不法滞在外国人の管理体制ができていない。豪州はパースから北西2650Km沖のクリスマス島に不法滞在者の収容設備を有している。難民用にはパプア・ニューギニアのマヌス島やナウル共和国に収容施設も持っている。日本はこのような不法滞在者や難民、朝鮮半島の有事にも対応できる施設を準備すべきではないか。
このように、豪州の労働者導入計画が「客観的に国内で不足している技能を一時的に補う目的」に徹し、かつ、国内の労働条件と同等であることを義務化しているのに対し、日本の法案は「単純労働向け低賃金労働者の大量獲得」を目的としていることが明らかであり、非人道的であるがゆえに、失踪者の発生と不法滞在、犯罪率の増加などを招くことは明らかである。
江川 純世 AJCN(オーストラリア ジャパン コミュニティ ネットワーク)事務局長
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【お知らせ】アゴラでは、「移民」に関する皆様の論考を募集しています。臨時国会で外国人労働者の受け入れ拡大が大きな争点になっていますが、少子高齢化とグローバル化に直面する日本は、外国からの労働力を受け入れるべきか否か?移民を解禁するべきか否か?あるいはこれまでと異なる視点も含め、皆さまのご意見をお待ちしております。
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