元首相よ「人生の勝負」はこれからだ

長谷川 良

日本でも存命中の元首相となればかなりの数になるだろう。最高年齢の中曾根康弘氏を筆頭にランダムに書くと小泉純一郎氏、細川護熙氏、村山富市氏、森喜朗氏、麻生太郎氏、鳩山由紀夫氏、野田佳彦氏、そして菅直人氏だ。小泉さんや安倍さんを除けば短命政権だったため、名前を思い出すのも大変だ。医学の発展もあって、現役を終えて引退後も長く生きる政治家は今後増えるだろう。

「新しい憲法を制定する推進大会」で講演する中曽根康弘元首相(2016年5月2日、東京・千代田区の憲政記念館)

なんでそんな話を持ち出すかといえば、先日配信されたスイス・インフォに「同国では存命中の連邦大統領が18人もいる」というニュースを読んでちょっとビックリしたからだ。

ところで、「なぜ、スイスに存命中の元大統領がそんなに多いのか」といえば、スイスの政治システムがある。スイスでは7人の内閣閣僚が毎年、交代で連邦大統領を務める「輪番制」を取っている。スイスの大統領は国家元首でも政府のトップでもない。ほかの閣僚と権限は変わらない。そのうえ、他国と比べ、スイスの大統領になるのは比較的簡単。議会によって閣僚に選出されれば、後は順番を待つだけだ。閣僚に就任後、遅くとも6年後には大統領になれるというわけだ。

いずれにしても、18人も元大統領という政治家が現在も生存中となれば、元大統領という市場価値は当然下がるから、前大統領という肩書で講演して回るオバマ氏のようなサイド・ビジネスはスイスでは難しいだろう。

スイス・インフォによると、スイスでは元大統領の数は18人だが、ドイツ(元首相)は1人、フランス(元大統領)と英国(元首相)は4人、米国(元大統領)は5人だ(ジミー・カーター、ジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ)だ。

一方、元首相となると、イタリアも日本と同じように結構多い。シルヴィオ・ベルルスコーニら11人だ。短命政権の多い日本やイタリアで存命中の元大統領、元首相が多くなるのは当然の結果だろう。

元大統領、元首相となれば、退任後も身辺警備が不可欠となるが、その恩給や手当ても少なくない。ドイツの場合、1度大統領(任期6年)に就任すれば、途中、辞任したとしても終身恩給が支給される。ドイツでは大統領が退任した場合、連邦大統領の恩給に関する法(Gesetz ueber die Ruhebezuege des Bundespraesidenten)に基づき、終身恩給(Ehrensold)が支給される。額は年間約19万9000ユーロだ。それだけではない。専用車と秘書付だ。それも任期満了でも途中辞任した大統領でも同様の扱いを受ける、といった具合だ(「ウルフ氏(前独大統領)の老後対策」2012年2月20日参考)。

辞任した大統領や首相の懐具合を覗いて、ああだこうだと騒いでも仕方がない。退任後の人生こそ問われる。元大統領、元首相となれば、多くは政治人生のピーク後の隠居生活といったイメージがある一方、元老として政界に影響力を行使する者も出てくる。

18人の元連邦大統領を抱えるスイスでは退任後、開発と平和を推進する国連特別アドバイザーとして7年間、世界を回ったアドルフ・オギ氏、作家業を始めたカスパー・ビリガー氏など、さまざまな人生を歩んでいる。ドイツで唯一の存命中の首相ゲアハルト・シュレーダー氏は先日、凝りもせず5回目の結婚をした。

それでは、日本の元首相の退任後の人生はどうか。欧州に住んでいるので日本の元首相の退任後の人生についてはよく知らないが、「宇宙人」と呼ばれた鳩山氏が訪韓や訪中の際、日本を厳しく批判する発言をしたというニュースは読んでいる。一方、元首相が社会に貢献している、といったニュースは余り流れてこない。

例えば、菅直人元首相は3年前、欧州の非政府組織(NGO)の招きを受けてパリで講演し、そこで福島第一原発の汚染水について言及し、「福島第1原発がコントロール下にあるという安倍晋三首相は明らかに間違っている」と批判。また、鳩山由紀夫元首相は14年11月19日、韓国・釜山での講演で、安倍政権の対中、対韓政策を批判し、慰安婦問題では日本政府に謝罪と補償を要求。中国でも日本の歴史認識を批判し、中国共産党指導者を喜ばせたことは周知の事実だ。一部の口の悪い人は「元首相の老害」と批判している(「元首相たちの懲りない『反日発言』」2015年3月3日参考)。

当方はこのコラム欄で、「日本政府や国民は今後も元首相の爆弾発言を外電を通じて聞くことになるだろう。今からでも『海外での元首相の発言への危機管理マニュアル』を作成し、その被害を最小限度に抑える心構えをしなければならないわけだ」と書いた。今も同じ考えだ(「元首相と呼ばれる政治家の『心構え』」2015年3月13日参考)。

参考までに、第39代米大統領を務めたカーター氏(任期1977~81年)は現役時代こそ「外交音痴」と散々批判されたものだが、退任後、世界の平和活動に貢献し、「和平交渉の調停人」として立派な歩みをしている。珍しいケースだ。

昔は「人生50年」だった。今は「人生100年」になろうとしている。元大統領、元首相の退任後の人生は益々長くなる。それだけに第2、第3の人生をそのキャリアに恥じない立派な歩みをして頂きたい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。