書評「NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く」

パティ・マッコード
光文社
2018-08-17

 

1億3千万人の契約者数を誇るオンライン配信業の雄、ネットフリックス。本年度のエミー賞でも112作品がノミネートされるなど、オリジナルコンテンツの評価もすこぶる高い。

同社躍進の原動力となった人事制度について、元最高人事責任者が詳細に解説したのが本書である。

なかなか衝撃的な内容で、本人も言うように「既存の人事の常識を根底からひっくり返す」システムと言っていい。

ネットフリックスで私たちが開発した新しい人材管理手法をこれから紹介するが、まずは今日の人材管理の大前提に異議を唱えたい。すなわち、従業員の忠誠心を高め、会社につなぎ留め、キャリアを伸ばし、やる気と満足度を上げるための制度を導入することが、人材管理の仕事だとする考えである。そのすべてがまちがっている。

(序章 「新しい働き方 自由と責任の文化を育む」より)

では同社の人事制度の理念とは何か。それは経営陣以下、全従業員に徹底させている以下の規範にあらわれている。

・マネージャーはチームと会社のミッション、課題を、チームメンバーにはっきりと継続的に伝える

・徹底的に正直になる。同僚や上司に加え、経営陣に対しても面と向かってありのままを伝える

・事実に基づくしっかりした意見を持ち、徹底的に議論し検証する

・自分の正しさを証明するためではなく、顧客と会社を第一に考えて行動する

・採用権を持つマネージャーは、チームが将来成功できるように、適正なスキルを備えたハイパフォーマーをすべてのポストに確実に配属する

個人が主体的に動くことが大前提だから、以下のような「20世紀型人事制度の遺物」は廃止したという。

・有給休暇制度

・人事考課制度(賞与のたびに目標管理の評価をつける例のヤツ)

・給与規定(実績や査定成績を加味して「〇年目で600万円プラスマイナス100万円」といった給与の基準)

「え?それで会社まわるの?」と思った人はちょっと想像してみてほしい。あらかじめ明確なミッションが明示され、裁量をもって取り組むことが保証されているなら、誰でも好きな時に働き、必要なだけ休めばいい。評価はあくまでも成果にたいしてなされるので問題ない。

「でも目標管理もないのにどうやって評価をするの?」と思う人は以下を読むべきだ。

ほとんどの企業が部署の目標、チームの目標、個人の目標を設定し、人事考課で業績を目標と照らし合わせて評価を行っている。このしくみや流れ自体は、実に論理的で合理的だ。

ただ、今の時代にはまったくそぐわなくなっている。「XをしたらYの報酬が得られる」と従業員に伝えるのは、ものごとが不変だという前提にたっている。しかし今日のビジネスに不変のものなどない。

一般に人事考課では何か月も前の落ち度を責め立てられることが多い。彼らはこう考えるだろう。
「もっと前に教えてくれてもよかっただろう?問題を改善する機会さえくれなかったのに、なんだよこのしょぼい昇給は?」

となるとそうした状況で理想的なアクションは、個々人が状況に応じて柔軟に目標を見つけ出し、主体的に行動することだ。同社の人事制度がなにより個人の主体性と裁量を重視するのはここに根っこがある。

では給料はどうやって決めるのか。転職が一般的な米国のような国では職種ごとにおよそいくらくらいが相場という給与調査情報があり、各社それに基づく給与規定を自社で作っているものだが、同社にはそれもない。

現在の市場需要や給与調査は、将来の追加収益を計算する際の参考にはならない。給与調査に指標として価値が無いとはいわないが、他社のオファー水準を知ろうとして、異なる条件を苦労して比較するのはそこそこにしておくのが賢明だ。それよりは、候補者に期待できる実績や、実現できる未来の価値を考え、それに対してどれくらいの金額を出せるかに集中した方がいい。

自社の給与規定のレンジで決定するのではなく、採用すべき人材が今後自社でどれほどの価値を生み出すか、競合他社に入社した場合どれほど自社にとって脅威かなどを考慮して決定すべきとする。

ちなみにネットフリックスでは従業員に対し定期的に他社の面接を受けるよう奨励しているという。それが、自身が労働市場の中でもらうべき金額をもらっているか知る最も合理的なチェック方法だからだ。

一方で、常に組織にとって必要な最優秀の人材を採用するということは、その条件を満たせなくなった人材に去ってもらうことをも意味する。過去にいかに素晴らしい貢献をした人材であっても、今後の成長のためにベストな人材でないと判断すれば解雇するのがマネージャーの義務だ。

でも、それは必ずしも不幸なものではない。「常に最高の人材で固める」というネットフリックスの人材戦略はすでに知られており、短期間でもそこに在籍していた事実は本人にとって輝かしい経歴であると同時に、去らねばならなくなったことは不名誉なことでも何でもないからだ。

マネージャーが受け入れがたい真実を繕い、従業員の解雇を最後の瞬間まで引き延ばし、部下を望まない職務や、会社に本当は必要ない職務に縛り付けても、誰のためにもならない。こうしたことの結果、本人だけでなくチームまでもが無力化し、やる気をそがれ、心をむしばまれる。

従業員は自分の将来性について本当のことを、リアルタイムで知る権利がある。彼らの、そしてチームの成功を確かなものにするには、ありのままを率直に伝え、新しい機会を探す手助けをするのが一番だ。

たぶん上記の「新しい働き方」は今後一つのトレンドとなるはずだ。人事、経営者だけでなく、ビジネスパーソンなら目を通しておくべき一冊だろう。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年12月6日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。