メキシコ最大の麻薬組織カルテル「シナロア」

白石 和幸

現在ニューヨークの連邦裁判所で麻薬王エル・チャポ(El Chapo)ことホアキン・グスマン・ロエラの公判が開かれているが、彼と仲間二人が築いた麻薬組織カルテル「シナロア」そしてメキシコで蔓延るカルテルについて以下に説明したい。

連行される麻薬王エル・チャポ(Wikipediaより:編集部)

メキシコが麻薬の生産国として発展したのは麻薬の最大消費国米国が隣国に位置しているからである。1980年代はメキシコは南米コロンビアで生産される主にコカインを米国に密輸する中継国として存在していた。当時はコロンビアのカルテルが世界の麻薬を支配し、その中で君臨していたのがカルテル「メデジン」で、そのリーダーで麻薬王と呼ばれていたのがパブロ・エスコバルである。

1993年にエスコバルは死亡したその少し前の1989年にメキシコでシナロアが誕生するのである。エスコバルがコロンビアのカルテルから姿を消してからは、メキシコが麻薬の生産国として発展するのである。しかも、今ではメキシコのカルテルはコロンビアまで進出してそこでヘロインの原材料になるケシなどを栽培させている。

1990年代のメキシコでは7つのカルテルが存在していただけであった。その後、カルテルの分身だったのが独立してカルテルをつくるようになったりして、現在カルテルの数は52あるとされている。その下に、その分身であるかのような小規模は暴力組織が多数存在している(参照:sinembargo.mx

ちなみにカルテルとして勢力を張っているのはシナロア以外に、ロス・ベルトゥラン・レイバ 、デル・ゴルフォ、ロス・セタス、ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン、ロス・メトロス、ロス・シスロネス、フアレスなどである。

シナロアはその中でも最大規模のカルテルのひとつである。2000年代はシナロアは唯一最大のカルテルとされていたが、今では同規模のライバルが複数存在している。しかし、米国麻薬取締局(DEA)にとっては、シナロアは現在も最も脅威のあるカルテルの一つだと見ている。DEAはメキシコの他のカルテルの情報を掴むためにシナロアと協力関係を結んだ時期もあった。同様にメキシコでも、フェリペ・カルデロンが大統領の政権時にシナロアと協力してライバルのカルテルの動きを監視していた。

シナロアが他のカルテルよりも成長が早かったのは米国での販売ルートをより早く築いたからである。そして米国の麻薬市場に応えるために現在までメキシコの17の州で機能展開できる組織を持ち、その内の5つの州はシナロアが完全支配しているという。その為には該当する州の州知事や自治警察や官僚などに賄賂を提供してシナロアの活動を陰から協力する体制にもって行く必要があった。

例えば、コカイン2トン、マリワナ10トンをそれぞれ毎月米国の1000都市で捌く販売ネットをもっているという(参照:elpais.com)。

現在行われている公判でシナロアを創設した時の二人の仲間のひとりイスマエル・サムバダ(エル・マーヨ)の弟で財務担当だったヘスス・サムバダ(エル・レイ)がシナロア州のトレダノ将軍に「プレゼント」だといって「現金で10万ドル(1100万円)を渡した」と供述しているのである。そのあと裾野を広げて少佐や連邦警察の部長らにも現金で賄賂を渡したという。

更に彼はメキシコシティーでは毎月高官らに配る資金として総額30万ドル(3300万円)を用意して彼自身がリーダーからのことづけだとして渡していたと供述している。

そうすることによってシナロアの販売ルートに他のライバルを介入させないようにし、またシナロアに関しての調査依頼があってもそれを賄賂をもらった高官らが操作してその調査を中止させたりするためだとしている(参照:elpais.com)。

シナロアは現在コカインを2トン、大麻を1万トンを毎月生産して供給できる体制にあるという。更に、ヘロイン、そしてメタンフェタミンは一日に100キロを生産できうる体制あるそうだ(参照:elpais.commagnet.xataka.com)。

麻薬の密売が少量でも如何に金額の張るものであるかというのを示すものとして前述したヘスス・サムバダが次のように供述している。「メキシコで1キロ1万ドル(110万円)するコカインがロサンジェルスでは2万ドル(220万円)、シカゴでは2万5000ドル(275万円)、それぞれ輸送費7000ドル(77万円)と9000ドル(99万円)を差し引いても米国は利率の良い商いだ」と供述しているのである。ニューヨークだと3万5000ドルの値がつくそうだ。

メキシコから米国に入国する通過地点は56か所ある。その一部の通過地点は出入りする交通量が多くそれに紛らわせて麻薬を米国に持ち込んだり、また地下トンネルを利用したりしている、シナロアは地下トンネルを掘って利用する先駆者的な存在であるという。

彼らは米国で麻薬を捌いたあと、銃を購入してメキシコに持ち込むことを仕事にしているという。日毎に2000丁の銃をメキシコに運んでいるそうだ。

現在メキシコを苦しめているのは、犯罪が多発していることである。これにすべてカルテルと暴力組織が絡んでいるのである。今年に入って既に16000人が殺害されている。カルテル同士の争い、カルテルを批判するジャーナリストの殺害(今年5月までに6人が殺害されている)、カルテルとの癒着を拒否する政治家の殺害といった枚挙に暇がないほどに犯罪が増えているのである。しかも、カルテルが警察と癒着しているので、犯人も見つからない。仮に見つかっても証拠不十分で釈放されるのがおちである。

つい最近も、リゾート地アカプルコの自治警察の職務機能が停止されて軍隊が治安の維持をするということになった。自治警察がカルテルに買収されていたのである。アデラ・ロマン新市長も自治警察から「警察のトップの人事を変えるようなことをすれば生命にかかわるような事態になるかもしれない」と脅されたというのである。そのため新市長の身辺には軍人が常に付き添って護衛しているということになっているという。

このようなカルテルの影響を受けて治安の安全が問題となっているメキシコで、エル・チャポは1991年に最初に逮捕されて収監されてから2016年に再逮捕されるまで3回(1991、2001,2015)脱獄している。いつも刑務所の仲間や警備員を買収して脱獄に協力してもらっての仕業であった。

2017年に米国の送還されてからは24時間の監視体制で、しかも彼の独房は24時間照明が点灯されている。ガラス壁を前に面談できるのは弁護士と彼の幼少の双子だけである。弁護はこの種の犯罪の裁判に長けた3人の弁護士がついている。彼らは35万ページの及ぶ調書と証拠物件になる録音11万7000本を把握せねばならない。判決は無期懲役の刑を軽減できるようになれば上出来と見られている。

彼が収監を繰り返している間もシナロアはエル・マーヨの指揮のもと統率されている。エル・チャポの3人の息子が後継者とされてはいるが、どの息子もシナロアを指揮する器量には欠けると見られている。エル・チャポの弟アウレリアノ・グスマンとこの3人の息子が対立する場面ばよくあるという。今のところ、エル・マーヨがその間を取り持ってる。しかし、エル・マーヨは既に70歳で糖尿病を患っているという。彼が統率力を失うと、シナロアにも内紛が起きるかもしれない。

その一方で、シナロアの直接のライバルであるハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンのリーダーネメシオ・オエゲラ(メンチョ) と彼の腹心カルロス・エンリケ・サンチェス(チョロ)の対立が目立つようになっており、メンチョは病気を患っていることもあって、チョロがこのカルテルを支配するようになるかもしれないと見られている。そうなると、シナロアに合流する可能性があると予測されている。もともと、ハリスコ・ヌエバ・へネラシオンはシナロアの分派が独立してカルテルとなったという経緯がある(参照:prensalibre.com)。

昨年のシナロアの密売による入金は140億ドル(1兆5400億円)と米国は推察しているという。公判を担当している検事はこの140億ドルを没収することが狙いのひとつでもあるという。一方、エル・チャポの資産は2012年までフォーブスによると10億ドル(1100億円)になると見積もられていた。(参照:elpais.combbc.com