米連邦準備制度理事会(FRB)が12月5日に公表したベージュブック(10月半ばから11月末までカバー)によると、米経済の拡大ペースは前回通り「緩慢、あるいはゆるやか(modest or moderate)」とした。景況判断に関わる文言は据え置かれた一方、引き続き通商政策をめぐる不確実性を報告する声が数多く聞かれただけでなく、前回から見通しへの楽観度が後退した。もっとも、労働市場の逼迫が続くなか、10~12月期の成長率は4~6月期、7~9月期から鈍化が見込まれるとはいえ、12月18~19日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)で追加利上げを行う公算が大きい。フィラデルフィア地区連銀がまとめた今回の詳細は、以下の通り。各地区連銀の名称で表記している。
経済全般のセクション
(今回)
大半の地区連銀は、経済の拡大ペースが「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」と報告したが、ダラスとフィラデルフィアは前回から成長の「伸び鈍化(slower growth)」を報告した。セントルイスとカンザスシティは「わずかな(slight)」成長にとどまった。
(前回)
全米にわたる経済活動について、大半の地区連銀は「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」な成長を報告した。NYとセントルイスは「わずかな(slight)」成長にとどまった一方で、ダラスでは製造業、小売り、非金融サービスの活動が牽引し「力強い(robust)」成長となった。
個人消費
(今回)
個人消費は概して、「安定的(steady)」だったが、非自動車の小売は「幾分弱まり(somewhat weaker)」、自動車は中古車を中心に改善がみられた。観光は「まちまち(varied)」ながら、全般的に「経済拡大ペースと一致した(kept pace with the economy)」。
(前回)
全体的に、個人消費は「緩慢なペース(at a modest pace)」だった一方、消費者物価は「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」な上昇を示した。観光・旅行は、ハリケーン“フローレンス”が直撃したノースカロライナ州とサウスカロライナ州を除き、全般的に回復した。
製造業、非製造業の活動
(今回)
製造業者にとって追加関税措置が依然として懸念材料だったものの、多くの地区連銀は「ゆるやかな拡大(moderate growth)」を報告した。全ての地区連銀は、非金融セクターのサービス活動について「わずかから力強い(slight to strong)」拡大を報告した。
(前回)
概して、製造業の生産活動は「ゆるやかな(moderate)」だった。しかし、「一部(several)」の地区連銀は、企業が素材や輸送などのコスト増、貿易環境の不確実性、そして人手不足に直面していると報告した。輸送サービスの需要は、「強さを維持(remained strong)」した。人手不足は広範にわたり、賃金の上昇や成長の伸び抑制につながったとの報告も聞かれた。
不動産市場
(今回)
新築住宅の建設と中古住宅販売は「減少、あるいは安定的(decline or hold steady)」だったが、非住宅の建設とリースは「増加、あるいは横ばい(rise or remain flat)」。
(前回)
商業や住宅の不動産市場は「まちまち(mixed)」だったが、一部の地区連銀では住宅価格の上昇と在庫逼迫を報告した。
貸出需要
(今回)
全体的に貸出の伸びは「緩慢(modestly)」だったが、数地区連銀では「鈍化(slowing)」がみられた。
(前回)
特に表記なし。
農業、エネルギー
(今回)
農家の所得は「まちまち(mixed)」で、複数の地区連銀は降雨量の増加と追加関税措置の影響を挙げた。エネルギー部門の活動は「概して変わらず、あるいは緩慢な伸び(little change or modest growth)」となった。大半の地区連銀は、企業が「依然として前向き(remained positive)」と報告したものの、複数の回答者で追加関税措置の影響や金利上昇、労働市場の逼迫を受け、楽観度が後退したとも伝えた。
(前回)
農業の状況は「まちまち(mixed)」で、降雨量が恩恵となった農家もいれば、ハリケーン“フローレンス”による作物被害など打撃を受けた農家もあった。
雇用と賃金
(今回)
労働市場は、あらゆる職種で「逼迫した(tightened)」。地区連銀のうち半分は、特殊技能職の人員確保が困難である事情から、雇用、生産、稼働率拡大が「滞っている(constrained)」と指摘。実際、シカゴの一部企業で、複数の従業員が「通知なし、連絡なしに(with no notice nor means of contact.)」退職したとの報告が聞かれた。人手不足が一部影響し、大半の地区連銀は雇用の伸びが「ゆるやかから緩慢(modest to moderate)」なペースに鈍化したという。賃金上昇圧力に加え、大半の地区連銀は医療サービス福利厚生、賞与や有給など利益分配を拡大させた。
米11月雇用統計の平均時給(生産労働者・非管理職)で、セクター全体の平均を上回ったのは7セクターと10月を上回る。
(作成:My Big Apple NY)
(前回)
雇用は、全米にわたり「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」に拡大した。サンフランシスコでは「力強い(robust)」な成長を確認したものの、その他3つの地区連銀では「ほとんど変化なしから変化なし(little to no change)」だった。雇用主は全米にわたって労働市場が逼迫し続けていると認識し、特殊技能エンジニアをはじめ金融、営業、建設、製造業、IT専門家、トラック運転手などの分野で条件に合う人材が不足していると報告した。2つの地区連銀は、人手不足が「複数の(some)」セクターで成長の伸びを抑制しているとの見方を示した。多くの企業は離職率の高さを挙げ、従業員の確保が困難と報告した。複数の企業は従業員確保あるいは採用活動に賞与、フレックス制、有給休暇の拡大など、賃金以外の手段を講じていると明かした。賃金ノン美は全般的に「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」で、ダラスのみが「力強い(robust)」賃上げ動向を報告した。ほとんどの企業は、6ヵ月先の労働需要について「小幅(modest)」な伸びを予想、賃上げ率は「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」伸びを予想した。
物価
(今回)
概して、物価上昇はほとんどの地区連銀で「緩慢なペース(modest pace)」にとどまったが、数地区連銀は「ゆるやかな上昇(moderate increase)」を報告した。大半の地区連銀は、最終財より仕入れ価格の上昇を指摘。追加関税措置により上昇したコスト負担増は、製造業から小売、レストランなどへ「より幅広く波及しつつある(have spread more broadly)」。地方での収穫状況に従い、農産品や地域によって物価が「異なる(vary)」動きをみせたが、大豆は「一般的に下落した(typically lower)」。一部の地区連銀は原油と燃料価格の下落を報告すると同時に、燃料価格の上昇を指摘。住宅価格は、大部分の市場で上昇し続けた。
(前回)
物価は上昇し続け、全ての地区連銀で「緩慢、あるいはゆるやか(modest to moderate)」な上昇ペースとなった。製造業は、鉄鋼・アルミ追加関税発動に伴い金属をはじめ原材料価格が上昇した結果、必要に迫られ最終財価格の値上げに踏み切っていると報告した。建設業者は、賃金と素材価格の上昇を補填するため、値上げを行ったと指摘。複数の地区連銀によれば、小売業や卸売業は、輸送費の上昇のほか追加関税の影響を懸念した動きによる値上げを報告したという。その他、地区連銀は原油高や燃料コストの上昇を指摘したが、農作物や商品先物の価格については「まちまち(mixed)」な報告を行った。
地区連銀別、経済活動の形容詞
●「緩慢」と表現した地区連銀、4行>前回は3行
NY(前回”わずかに“→今回”緩慢に“へ上方修正)
フィラデルフィア(前回は“緩慢”→今回据え置き)
クリーブランド(前回”緩慢“→今回据え置き)
シカゴ(前回は“緩慢”→今回据え置き)
●「ゆるやか」と表現した地区連銀、5行<前回7行
ボストン(前回”ゆるやかから強いゆるやか“→今回”ゆるやか“へ下方修正)
リッチモンド(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
ミネアポリス(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
ダラス(前回は“力強い”→今回“ゆるやか”へ下方修正)
サンフランシスコ(前回は”ゆるやか“→今回据え置き)
●それ以外、3行>前回は2行
アトランタ(前回は“ゆるやか”→今回“ゆるやかに改善”へ上方修正)
カンザスシティ(前回は“ゆるやか”→今回は“わずかに”へ下方修正)
セントルイス(前回は“わずかに”→今回は“わずかに改善”へ上方修正)
(作成:My Big Apple NY)
全体のキーワード評価
総括並びに地区連銀のサマリーでみたキーワードの登場回数は、以下の通り。「不確実性」の文言は今回2回登場し、前回の1 回から増えた。ただし、5月と7月の3回からは下回る。内容は前回通りで、通商上の緊張における「不確実性」が2回指摘された。
「増加した(increase)」→14回=前回は14回
「強い(strong)」(注:強いドルの表現を除く)→4回<前回は9回
「ポジティブ(positive)」→3回>2回
「ゆるやか(moderate)」→22回>前回は20回
「緩慢、控え目など(modest)」→17回=前回は17回
「弱い(weak)」→3回>前回は1回
「底堅い(solid)」→3回>前回は2回
「安定的(stable)」→1回>前回は0回
「不確実性(uncertain)」→1回<前回は2回
総括で「不確実性」をめぐる文言は概して変わらなかったように、地区連銀の詳細報告でも「不確実性」の登場回数は前回の12回から11回とほぼ横ばいだった。前回はボストン(1回)、フィラデルフィア(1回)、アトランタ(2回)、ミネアポリス(2回)、ダラス(5回)、サンフランシスコ(1回)となる。
・ボストン 3回>前回は1回
→ほとんどの回答者は前向きな見通しを示したが、複数の回答者は不確実性やリスクの高まりを指摘した。
→2019年を見据え、小売は追加関税措置の影響に大いなる不確実性を表明、一定の水準を超えたあかつきには、消費者へコストを上乗せすると報告した。
→コネチカットでは見通しが一段と暗くなったが、その他の地域では短期的に概して良好、ただ複数の回答者は2019年後半にかけての不確実性とリスクの高まりを指摘した。
・ミネアポリス 1回<前回は2回
→製造業活動につき、複数の回答者は見通しに対する不確実性を受け、設備投資の先送りを決定した。
→多くの製造業者は現在に至るまで力強い生産需要と産出量を報告したが、年内および来年については、仕入れ価格の上昇と通商政策の不確実性を理由に、横ばいを予想した。
・カンザスシティ 3回>前回はゼロ
→エネルギー部門の活動は拡大したが、地政学的な不確実性を受けて見通しはまちまちだった。
→大豆の価格下落、乳製品や豚肉価格の下落、農家の所得環境悪化、さらに貿易に関わる不確実性を受け、農業活動の見通しは弱いままだ。
→大豆の価格下落や貿易に関わる不確実性が見通しの重石となっている。
・ダラス 3回<前回は5回
→通商対立、金利上昇、労働市場の逼迫、保護主義的な政策などから生じる不確実性を受け、見通しから楽観が後退したと報告。
→製造業生産の伸びは11月に軟化し、追加関税措置や労働市場の逼迫、通商政策の不確実性が減衰係数として挙げられた。
→回答者の楽観度は、通商政策と政治から派生する不確実性を受け後退した。
・サンフランシスコ 1回=前回は1回
→カリフォルニア州中部のある回答者からは、収穫量は概して底堅かったものの、通商政策の不確実性が長期販売契約を確保する上で制限を与え続けていると報告した。
ドル高をめぐる表記
ドル高をめぐるネガティブな表記は2017年5月分、7月、9月、10月、11分、2018年の年初来に続き総括ではゼロだった。地区連銀別でも、2017年9月、10月、11月、2018年1月以外の流れを受けゼロだった。なお2017年5月分(クリーブランド)、7月分(クリーブランド)、2018年1月分(サンフランシスコ)はそれぞれ1行が報告していた。
中国
中国というキーワードが登場した回数は、総括部分で2017年10月、11月、2018年1月、3月、4月、5月、7月、9月、10月に続きゼロだった。地区連銀別では4回登場し、前回の3回から増加、9月の水準へ戻している。前回はボストン、リッチモンド、シカゴが報告していた。なお地区連銀別での中国言及数は2017年10月と11月にゼロで、中国の言葉が登場した回数につき過去を振り返ると、2017年4月分まで6回連続でゼロとなった後、同年5月分で2回登場(ボストンとミネアポリスがそれぞれ1回ずつ指摘)していた。2015年9月に初めて中国が盛り込まれた当時は11回で、その後は徐々に減少。1年経過した2016年9月分でゼロへ戻し、2017年4月までその流れを続けていた。
・クリーブランド 1回>前回はゼロ
→輸送業者は、国内で生産されているメンテナンス用の部品につき、中国からの輸入品を使っている理由から値上がりを報告した。
・シカゴ 1回=前回は1回
→本来であれば中国向けに輸出する大豆を他市場にまわしているため、農家は引き続き物流上の困難に直面している。
・セントルイス 1回>前回はゼロ
→回答者は例年を上回る降雨量が農産品の質に与える影響を憂慮したほか、米農業産品に賦課された関税措置に対し懸念を表明した。
・サンフランシスコ 1回>前回はゼロ
→ある回答者は、中国から原料を調達する製造業品につき、生産コスト負担増に直面していると報告した。
――今回のベージュブックで「関税(tariff)」の登場回数は39回と、前回の51回(9月分は42回、7月分は31回、5月分は22回、4月分は36回)を下回りました。「関税」の登場回数の増減は別として、鉄鋼・アルミ追加関税の発動に加え、中国への対中関税措置は500億ドル(第1弾が340億ドル、第2弾が160億ドル)に2,000億ドルが重なり、見通しから楽観度は後退中。先行き不透明感が強まるなか、「懸念(concern, worry)」が19回と、前月の15回から増えたのも頷けます。
追加関税措置だけでなく、今回は「金利上昇(rising interest rates)」に関する不確実性の高まりも確認し、11回登場、前回の4回から増えました。ここで思い出されるのが、金融安定報告です。報告では、企業債務につき「GDP比で歴史的な高水準にあり、信用基準劣化の兆候も確認されている」と明記されただけでなく、社債など資産価格の「バリュエーションが過去の水準と比べて高い」場合、貿易摩擦の激化局面などで「極めて大幅に」急落するリスクに警鐘を鳴らしていました。
社債発行残高はGDP比で過去最高近くの水準に。
足元で米国債の利回りは低下していますが、景気減速局面では原油安でのシェール関連企業の高利回り債が話題になったように、新興企業などでデフォルト懸念が発生してもおかしくありません。次の景気減速の発火点は、9月にお伝えしたように企業債務であるリスクに注意したいところです。
(カバー写真:Michel Curi/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年12月11日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。