この度、初の著作となる「ノックととおるのはざまで」(ワニブックス)を出版することになりました。タイトルをみてもお分かりの通り、横山ノックさん、橋下徹さんという2人のカリスマ知事に挟まれ、しばしば比べられてきた私自身の思いも含めて綴っております。
折しも、参院選大阪選挙区公認の発表と重りましたが、この出版の企画は夏にいただいておりました。ここ数年、地元で活動していると、長年お世話になった大阪の皆さんにさえ、自分という人間を等身大でわかっていただいてないのでは、と気づかされることも多々ありました。このことは大阪人の夫と今も豊中に住み、大阪をかけがえのない場所として大事に思っている私にとって、とても残念なことでした。
ただ、私もそんな反省をするうちに、これも弱みや苦労を隠したがる見栄っ張りな性分のせいなのかなと思い至るようになり、メディア関係者の方にポロっともらしたところ、「それを本にしたらどうですか?」と勧められたのが今回の出版のきっかけです。
出版社の方との打ち合わせで、以前から親しい方に、半分冗談、半分本音で「ノックと徹のはざまで知事をやっていた太田房江」と自虐的に振り返った話をしたら、「タイトルもそれでいきましょう!」とその場で決まったのです。当初は困惑もありましたが、ノックさん、橋下さんというお二人の陰で苦悩したことや、自分自身をもっとさらけ出してみることも今の自分に必要だと感じていたこともあり、これを良い機会にしようと考えた次第です。
それにしても、ノックさん、橋下さんというお二人の“カリスマ”知事は、全く異なるタイプでしたが、それぞれ突出した存在でした。
ノックさんは強制わいせつ事件で知事の座を去り、もちろん、そのこと自体は許されないことだと思います。ただ、府庁の職員たちに知事としてのリアルな働きぶりを聞くと、日程がタイトでもあらゆる会合に顔を出し、「君たちがいいならボクはいいよ」という常套文句で職員の心をがっちり掴むあたりは、お笑い芸人らしい人心掌握術だなと感じます。
橋下さんとは意見が違うことも多いのですが、大衆の心を掴む天才であり、思ったことをグイグイ進めていく発信力は到底私には真似できないこと。うちの夫は橋下さんが北野高校の後輩ということもあり、結構ファンなんです。家でも「橋下はエエで」とよく聞かされ、うんざりした私とけんかになることもたまにありました(苦笑)。
本では、私の生い立ちについても触れています。私は国鉄職員の娘として生まれ育ちましたが、両親とも政治とは無縁で、世襲でもなければ特に裕福な家庭だったわけでもありません。他にも、これまで積極的には語ってこなかったことも綴っていますが、それは別に同情や関心を集めようということではなく、ネットで様々なことがオープンにされていく今の時代、人々が政治家を見る目は実に透徹していて、“ええかっこしい”をやってたらあかん、もっと等身大の自分と本音でぶつかっていかな、という思いに駆られたからです。
原稿締め切り後に開催が決定しましたが、2025年万博に向け、大阪が前を向いて歩く今だからこそ、災害や福祉など大阪が直面する課題、また、弱者のために寄り添う政治について私が思うことも書きました。ぜひご覧ください。