マティス辞任とアメリカの介入主義の終わり

篠田 英朗

マティス米国国防長官が辞任を表明した。これでトランプ政権発足時の最後の重要閣僚がいなくなる。マティス長官は、数少ない良識派の役割を担っていた。トランプ大統領は、公職歴を持たず就任した大統領として、輝かしい経歴を持つ元職業軍人であるマティス長官だけは切りたくなかったのが本音だろう。トランプ大統領は辞任に不満で、「私は彼が手にしたことのないようなあらゆる権限を与えたのに」とツィートした。

何がそこまでマティス長官を追い詰めたのか。単なる制度論の話ではない。もっと根源的な倫理的部分でのアメリカの外交姿勢の話のようだ。

公開された退任願いでは、同盟国との関係の重要性が説かれている。マティス長官にとって、NATO同盟諸国に対するトランプ大統領の慇懃無礼な振る舞いが不愉快なものだったことは想像に難くない。だが直近の要因は、シリアとアフガニスタンのようだ。

アメリカは限定的ながらもシリアに軍事プレゼンスを置いていたが、トランプ大統領は、その撤収を、エルドアン・トルコ大統領との電話会談の最中に命じたと伝えられている。見放されるのは、ISIS駆逐の先頭に立ったクルド人勢力である。

アフガニスタンからの米軍の大規模撤収も行われる見込みだという。トランプ政権になってから、駐アフガニスタンの米軍も増強されていた。もし完全な撤収が実施されるのであれば、国内外に激震が走る。多くの者が、マティス長官と同じように、自分も「それは間違いだ」と大統領に進言する、と思っているだろう。

日本では、憲法学者の教えに従って、平和主義とは反米主義のことだ、とされているので、アメリカのアフガニスタン撤収の巨大な意味は、理解されないのだろう。だが、巨大な影響が出る。アフガニスタンの米軍から間接的に恩恵を受けていた日本にも、影響は及ぶだろう。

9・11から約20年、ついに世界はアフガニスタンを、再び見放す。多くの関係者が、マティス長官と同じように、自分がその苦痛に満ちた役割を主導することを、拒絶するだろう。そしてマティス長官のように言うだろう。それだけは勘弁してほしい、自分にはできない、と。

トランプ大統領の経営者の視点から見れば、「長官の言う通りにアフガニスタンで増派した、しかし治安は悪化する一方だ、結果が出ていない、撤退だ」と命じることに、合理性がある。それはよくわかる。

だが国家は企業ではない。軍事活動は商取引ではない。アフガニスタンからの米軍の撤退は、儲けが出なかった投資先から撤退することとは違う。

いよいよ本格的にアメリカの介入主義の時代が終わるのかもしれない。
いずれにしても、マティス長官の辞任は、アメリカの外交政策が、あらためて新しい段階に入ったことを意味することになるだろう。


編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2018年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。