今月20日に能登半島沖の日本海において、海上自衛隊のP1哨戒機が韓国海軍の艦艇から火器管制レーダーによる照射を受けた。このレーダー照射というのは、レーダーを捜索モードから追尾モードに切り替えることであり、その目標に対して照準を合わせるための操作ということである。
したがって、照射を受けた側からすればこれは射撃態勢に入った行為ととらえられ、これが戦時状態ならばもちろんのこと、準戦時状態における地域においても物理的反撃が正当化される行為である。実際に、湾岸戦争終結後イラクに設定された飛行禁止空域において米軍機は、幾度かレーダー照射を受けたことに対して航空攻撃を加えている。他にも、イスラエルなどは同様の行為を受けたことを理由に度々レバノン国内において空爆を行っている。
韓国国防省は、日本側の抗議に対して「日本の哨戒機を追跡する目的だったという事実はない」とコメントしているが、『海上自衛隊の哨戒機は通常識別のために艦艇や船舶が目視確認できる距離まで高度を低下させて哨戒すること』および『艦艇が海上の船舶を捜索する目的で火器管制レーダーを照射するなどありえないこと』などから、目標となった航空機が海上自衛隊のP1哨戒機であることを認識したうえでレーダー照射を行ったことはほぼ間違いないと考えられ、「数分間に複
過去には、2013年1月に中国海軍のフリゲート艦が尖閣諸島付近で同じように海自艦艇に対してレーダー照射を実施したことがあるが、今回は相手が航空機であるという点においてその危険性から、さらに悪質な行為と言わなければならない。まさに、このような行為を行う軍人は、人を殺傷するに余りある兵器を預かるプロフェッショナルとして「失格」という烙印を押されるべきだ。
今回の事案において何よりも重要な問題は、かかる行為がなぜ行われたのかというところにある。私はここに、現在の東アジア情勢に関わる深刻な問題をはらんでいると考えるのである。というのも、今回の一件は、10月に韓国で行われた国際観艦式に参加予定であった海上自衛隊の隊旗掲揚問題の延長線上にあるからである。
この際、韓国は今までならばスポーツ競技場などでサポーターが使用するような場面でしか問題にしなかった旭日旗に関して、公式な式典で国家の代表として参加する海上自衛隊の旗にまで旭日旗にこじつけて難癖をつけた。そして今回さらに重大な点は、今までならばスポーツ競技の場などにおいてのみむき出しにしてきた日本に対する敵意を、とうとう軍事行動にまで拡大してしまったという点にある。
そして、この問題の根深いところは、日本に対する敵意がこのように激しくなってきた背景に、現在の朝鮮半島情勢が絡んでいるということにある。
11月5日に私が本コラムに寄せた「韓国との歴史問題を抜本的に解決する方策」でも述べたとおり、韓国は北朝鮮との関係が親密になればなるほど反日傾向が強まる。即ち、南北関係と日韓関係は反比例の関係にあるということである。したがって、韓国内での北朝鮮への友好ムードが高まる中で、次第に反日気運が盛り上がり、10月の国際観艦式のような事例が生じ、韓国最高裁による元徴用工に関する判決が出され、今回のような事案が生起するなど、日本側にとって神経が逆なでされるような事案が連続して発生しているという点に注目しなければならない。
元来が同胞(はらから)である北朝鮮に対して、常日頃から違法操業や瀬取り行為を厳しく監視している海上自衛隊の哨戒機は、『目ざわりな存在』であったのではないだろうか。本件に関わった韓国の艦艇が、同じ日に遭難した北朝鮮の漁船員を救助したという事実はこれを裏付けているように見える。また、韓国は数日前に日本海の竹島周辺で軍事訓練を行って対日軍事活動のテンションを高めており、これに日本政府が激しく反発したことなどを受けて、自らの艦艇周辺を監視するように飛行する海上自衛隊機への敵意があらわになったように思えるのである。
われわれが気を付けなければならないのは、今後の対応である。今回の事案において、韓国側に非があるのは明白であり、韓国側もこれを承知しているからこそ苦しい言い訳をしているのであろう。一方で、日本側はこの件についてこれ以上追及して韓国を追いつめるようなことは、決して両国のためにはならないということを理解しなければならない。
それは、執拗なけん責が韓国のさらなる反発や敵意を招き、場合によっては偶発事案等の生起から小規模な軍事衝突を招きかねない事態に発生するおそれがあるだけでなく、このような日韓の緊張が、北朝鮮や中国を利することになるからである。
つまり、日韓の関係悪化や軍事的緊張状態は、日米韓が結束して北朝鮮に圧力をかけながら非核化を迫ろうとする米朝交渉の足かせとなるばかりか、韓国が日韓関係悪化の責任を追及する日本からの圧力に重い負担を感じるようになれば、日本を『脅威』と認識するようになり、日米からさらに離反して中国寄りの政策を推進する方向に舵を切っていく可能性があるからである。おそらく、中国もこれを見越して韓国を取り込もうとするであろう。中朝韓の結束が強まるなどというのはわが国にとって悪夢以外のなにものでもない。
このような事態を回避するためには、政治面や外交面での対話を重ねることはもちろんのこと、軍事面においてもかかる時にこそ交流を深める努力を行うことが重要ではないだろうか。
前述したような問題が生じた10月の観艦式に海上自衛隊の艦艇は参加しなかったものの、これに関連するシンポジウムには海上幕僚長が出席して韓国軍と交流を図ったことや、さる11月5日に佐世保港に韓国海軍の艦艇が入港して韓国海軍の士官候補生と海上自衛隊の幹部候補生が交流を深めたことなどは、大いに評価されるべき好例だと思える。
ここは、東アジアの安定と将来につながる日韓の国益を十分に考慮した上で、決して感情的にならず、同種事案の再発防止について日韓双方で協議を重ねるなど、わが国は寛容の精神を発揮して関係改善への努力を続けることが求められるのではないだろうか。
鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。