聖書には複数の「マリア」が登場するが、最もよく知られたマリアはイエスの母親のマリアだ。その次はやはり「マグダラのマリア」だろう。前者はイエスの実母として教会内ではその評価はほぼ不動であり、ローマ・カトリック教会では聖母マリア関連の祭日、祝日は年13回もある。例えば、「聖母マリアの被昇天」(8月15日)や「聖母マリアの無原罪の御宿り」(12月8日)だ。一方、「マグダラのマリア」の場合、バチカンは7月22日を聖名日として記念日としてきたが、教会の祝祭に格上げされたのはわずかに2年前だ。
キリスト教会内で2人のマリアの評価は異なってきた。聖母マリアの場合、救い主を生んだ女性として信者たちから評価され、ポーランド教会では聖母マリアは“第2のイエス”のように奉られていった。
一方、「マグダラのマリア」はここ数年、再評価される傾向がみられているが、受け取り方は様々だ。イエスは生前、結婚し、その妻は「マグダラのマリア」だったという説を主張する米ハーバード大の歴史・宗教学者カレン・L・キング教授のような学者も出てきた。3世紀頃に編纂された外典『フィリポによる福音書』には、マグダラのマリアをイエスの伴侶と呼び、『イエスはマグダラのマリアを他の誰よりも愛していた』といった記述がある、といった具合だ。
「マグダラのマリア」にあって、「聖母マリア」にない伝聞は、「マグダラのマリア」が復活したイエスを最初に目撃した女性だったという個所だ。バチカン法王庁は2016年6月10日、マグダラのマリアの役割を評価し、彼女を典礼上、“使徒”(Apostle)と同列にすることを決めたが、最大の理由はそこにある。ちなみに、4つの共観福音書に全て登場する女性は「聖母マリア」と「マグダラのマリア」の2人だけだ。
聖書研究家マーティン・ダイニンガー氏(元神父)は、「イエスが祭司長ザカリアとマリアとの間に生まれた庶子だったことは当時のユダヤ社会では良く知られていた。その推測を裏付けるのは、イエスが正式には婚姻できなかったという事実だ。ユダヤ社会では『私生児は正式には婚姻できない』という律法があったからだ。しかし、イエスが妻帯していた可能性は排除できない」と主張している(「イエスが結婚できなかった理由」2012年10月4日参考)。
ダイニンガー氏によると、「マグダラという地名はイエス時代には存在しない。ヘブライ語のMigdal Ederをギリシ語読みでマグダラと呼んだ。意味は『羊の群れのやぐら』だ。預言書ミカ書4章によれば、「羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ」と記述されている。すなわち、マグダラとはイスラエルの女王と解釈できる。そのマグダラのマリアはイエスの足に油を注ぐ。イエスは油を注がれた人、すなわちメシア(救世主)を意味する、イスラエルの王だ。イエスとマグダラのマリアは夫婦となって『イスラエル王と女王』となるはずだった」と指摘する。
独週刊誌シュピーゲル最新号(12月22日号)はその「マグダラのマリア」についてエジプトで発見された外典「(マグダラの)マリアによる福音書」を紹介しながら報じている。同外典は西暦2世紀末にまとめられたものと推定されている。
興味深い点は、「マグダラのマリア」は初期キリスト教会に大きな影響力を有し、「最初の女性法王だった」という説があったという。それに対し、イエスの使徒たちから批判され、「マグダラのマリア」降しが始まり、「彼女は売春婦だった」という噂まで広まっていった。最終的にはペテロを継承するキリスト教会がローマに定着し、歴代のキリスト教最高指導者はペテロの後継者のローマ法王となっていった。それ以降、教会は男性主導の組織となり、女性は聖職者への道も閉ざされていった。「マグダラのマリア」派とペテロ派のイエスの後継争いは後者が勝利し、教会の実権を完全に掌握していったわけだ、
時代は移り、女性がその本性を発揮する時代に入ってきた。同時に、「マグダラのマリア」への見直しが進み、2年前の「使徒」への格上げ決定となったわけだ。ただし、女性の権利復活と喜ぶのは早すぎる。バチカンの狙いは別のところにあるからだ。
当方は2年前のコラムの中で「バチカンは当時、『女性の役割に対する教会側の再評価』と説明したが、『マグダラのマリア』の格上げは単なる女性の位置向上とは違うだろう。聖母マリアを神聖化し、イエスの母親としての聖母マリアの役割を恣意的に無視してきたように、バチカンは今、『マグダラのマリア』を神聖化することで、“イエスが愛した女性”という存在を密かに隠蔽しようとしているのではないか」と書いた。(「『マグダラのマリア』の人気急上昇」2016年6月12日参考)。
いずれにしても、「マグダラのマリア」の存在は、聖母マリアが生前、なぜ息子イエスの婚姻に余り熱心でなかったかという謎を解明するうえで重要な役割を担っているはずだ。イエスの33年間の生涯を理解するためにも2人の女性マリアの歩みをもう一度検証すべきだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。