韓国海軍の駆逐艦による自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題は28日、防衛省が哨戒機から空撮した当時の動画を公開したことで、新たな展開を迎えた。同日午後、防衛省が報道発表するや、YouTubeの公式チャンネルにアップされた動画は、アップから7時間余り日付が変わる頃には、再生回数が140万回を超え、コメント数も6,000以上寄せられる一大反響を呼んでいる。
発表直後、筆者も出先のスマホから動画を見たが、約13分の動画はレーダー照射を受けた際の機内の緊迫感がこれ以上なく生々しく伝わってくる。
最大のポイントは韓国側が主張するように、レーダーを北朝鮮漁船の捜索に使っていたのかどうかだったが、現場海域には、レーダーを発射してきた「クァンゲド・デワン(広開土大王)」級駆逐艦と、警備救難艦「サンボンギョ 5001」が映っている。そして、映像の途中には、韓国政府が釈明の「材料」にしている、遭難中の北朝鮮漁船と救助用ボートも確認できる。天候も動画を見る限りは、現場海域は視界良好だったようだ。
つまり、これらの点から「北朝鮮の漁船を捜索していた」という韓国側の当初の主張は明らかに苦しい。ところが、中央日報によると、韓国国防部は、
「日本側が公開した映像資料は単純に日本の哨戒機が海上から巡回するシーンとパイロットの対話だけだ。一般的な常識からみると射撃統制レーダーを調査したという日本側の主張に対する客観的な証拠とはみられない」
などと、真っ向から反論している。「逆ギレ」にしか思えないが、ただし、元海将の伊藤俊幸氏が朝日新聞の取材に指摘しているように、編集作業をした中で省いた部分があると見られるために、証拠としての力に欠ける部分が残されている。筆者は軍事の専門家ではないので、動画の公開から見えてくる妥当性や現場の実相については今後の続報を見守りたい。
「情報戦」の観点から見た安倍政権の緒戦勝利
一方で、政治とメディアを舞台にした「情報戦」という自分の領域からすると、ここまでの安倍政権・防衛省の動画の使い方はなかなかうまいと思う。
もちろん、動画の「編集」のあり方については異論は多々あるだろうが、日本側にとっていまの段階での現実的な政治的ゴールは、韓国との関係修復ではない。そもそも異様な反日路線を続ける文在寅政権を相手によりを戻せるなどと、官邸も外務省も全く考えていないだろう。
となると、情報戦でまず圧勝しなければならない。まず、日本の国民とメディアに、何が起きていたのか、韓国がいかに理不尽なことをしていたか、印象付けて世論を形成する。国内世論を糾合しなければ、「日本が韓国に本気で怒っている」のだということが、世界中に迫真を持って伝わっていかない。韓国側が支離滅裂な反論を繰り返していることもあって、ひとまず最初の段階の「国内世論固め」には一定の成果をあげたように思う。
もちろん、本番はここからだ。欧米のメディアを通じて各国政府、国民に、日本に正当性があるのだとしっかり認識してもらわなければならない。慰安婦問題を巡り、韓国政府はアメリカでPR会社を動員して狡猾な世論工作をはかり、日本側を圧倒してきた経緯を鑑みれば、まだまだ気を抜けない。正しいファクトを伝えることは大前提だが、情報戦の世界は「どちらが正しいか」より「どちらの言い分がうまく伝わったか」に軍配が上がることとが多い。ルール無用の悪党が勝つこともある冷酷な現実があるのだ。
動画1本で外国にも政局を仕掛けられる時代
それにしても、日本の国際問題とYouTubeといえば、2010年に尖閣沖で起きた中国漁船による海保巡視船への衝突事件だ。周知の通り、当時の民主党政権(菅内閣)は、中国との関係悪化を恐れて動画を公開しなかったが、怒りを覚えた現役の海上保安官が“国民への告発”として動画データをYouTubeにアップ。ことの仔細が露見し、事態の深刻さを国民がようやく知ることができた(=以下の動画は産経新聞YouTubeより)。
政治的な情報戦の観点でいうと、このYouTube投稿は、ネット世論が政権批判で燃え上がり、マスコミ報道を経て、リアルな世論に転化していく画期的な事例になった。その頃はネット動画をバカにしていたテレビも、あまりの生々しい映像で、連日取り上げることになった。その結果、鳩山首相から菅首相への交代でなんとか再浮上を図ろうとしていた民主党政権がその後の失墜に繋がっていく流れを加速させた。(この辺りの経緯は、自民党のネット広報戦略のブレーンだった小口日出彦氏の『情報参謀 』(講談社現代新書)に詳しい)
別に安倍政権を賛美するつもりはないが、結果を見る限りでは、動画をモノにした安倍政権と、動画で大きな傷を負った民主党政権、改めて両者の情報戦対応能力の違いを感じさせられてしまう。
折しも、防衛省が動画を公開する1日前、韓国の世論調査で、文在寅政権の「不支持」が初めて「支持」を上回ったと聯合ニュースで報じられた。安倍政権は文政権を一気呵成に追い込んでいくことはできるのか。ネットを通じて外国の選挙介入もある時代、いまや動画1本で外国の政局を作れることくらい当たり前なのだ。