日銀が2013年4月に「異次元緩和」(量的質的金融緩和)を導入してから、もう直ぐ6年が経過する。異次元緩和の限界が明らかになり、2016年1月下旬にマイナス金利を導入した。また、金融政策の重心を「量」から「金利」とするため、2016年9月に「長短金利操作付き量的質的金融緩和」に軌道修正したが、超低金利が及ぼす金融機関への副作用も徐々に顕在化しつつある。
特に厳しいのが地域銀行である(図表1)。日銀は短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度に誘導しているが、金融緩和に伴う長短金利の押し下げは、貸出金利と預金金利の利鞘を圧縮し、地域銀行の収益を確実に悪化させ続けている。
収益を改善するためには、マイナス金利を撤廃し、長期金利を引き上げる必要があるが、金利上昇は利払い費の増加を通じて国の財政を直撃してしまう。これは周知の事実で最も留意すべき影響だが、それに加えて、マイナス金利を撤廃すると、日銀自身の財務も悪化させる。民間銀行等が互いの決済等のために日銀に預けている預金を「日銀当座預金」というが、マイナス金利はこの当座預金残高の一部にマイナス0.1%の金利(一種の預金課税)を課し、その収入は日銀の収益の一部となっているためである。
厳密には次のとおりである。まず、2018年度12月25日の日銀のバランスシート規模は約550兆円で、そのうち資産側で保有する国債が466兆円、負債側の当座預金残高は約390兆円である。また、日銀の「業態別の日銀当座預金残高」(2018年11月分)によると、当座預金残高(法定準備(注)を除く)は約369兆円であり、当座預金残高のうち「プラス金利適用残高」は約208兆円、「ゼロ金利適用残高」は約144兆円、「マイナス金利適用残高」は約17兆円となっている。
現在のところ、「プラス金利適用残高」には0.1%の付利が、「ゼロ金利適用残高」には0%の金利が、「マイナス金利適用残高」にはマイナス0.1%の金利が課されているが、マイナス金利導入前では、法定準備を除く、当座預金残高に0.1%の付利がなされていた。
したがって、仮にマイナス金利を撤廃し、マイナス金利導入以前の状態に戻るならば、「ゼロ金利適用残高」(法定準備を除く)や「マイナス金利適用残高」には0.1%の金利が適用されることになる。
その際、「ゼロ金利適用残高」は金利を0.1%ポイント引き上げ、「マイナス金利適用残高」は金利を0.2%ポイント引き上げる必要があるので、このとき日銀は、1780億円(=144兆円×0.1%+17兆円×0.2%)の収益を失うことを意味する。
では、それが日銀の財務に及ぼす影響はどの程度のものか。その影響も概算で予測できる。
まず、日銀は2018年5月29日に、2017年度事業の決算を公表している。この決算によると、法人税等の支払い後の2017年度の当期剰余金は7647億円である。2016年度の当期剰余金は5066億円であったので、2581億円の増となっている。なお、このうち1642億円は、信託財産株式や信託財産指数連動型上場投資信託の運用損益等であり、日経平均等の株価上昇や配当の貢献が大きい。日経平均等の株価が下落すると、この部分は消滅する可能性が高い。
このため、固く見積もって日銀の毎年の当期剰余金が5000億円とすると、マイナス金利の撤廃で失う収益(1780億円)はその約36%(3分の1)にも相当する。また、当期剰余金が7500億円としても、マイナス金利の撤廃で失う収益(1780億円)はその約24%(4分の1)に相当する。すなわち、マイナス金利政策を撤廃すると、日銀の当期剰余金の4分の1以上が吹き飛ぶ可能性がある。この場合、日銀の収益は悪化しその財務は痛むが、超低金利が及ぼす金融機関への副作用も徐々に顕在化しつつあり、中長期的な金融システムの安定性や国の財政規律との関係を含め、撤廃に向けた検討を開始する必要があろう。
(注)法定準備制度とは、準備預金制度に関する法律に基づき、民間銀行等が受け入れている預金等の一定比率以上の金額を日銀に預けることを義務付ける制度をいい、法定準備とは、同制度に基づき、日銀当座預金として民間銀行等が日銀に預けなければならない最低額をいう。現在のところ、法定準備は約10兆円である。