北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は1日、慣例の「新年の辞」の演説を行った。金正恩氏の30分間余りの演説の主要ポイントは、「トランプ米大統領との2回目の米朝首脳会談の実現への期待」と「完全な非核化は不変の私の立場」といった非核化への決意表明だ。
Kim droht jetzt mit “neuem Weg” https://t.co/rex6YWnKiX
— Die Presse (@DiePressecom) 2019年1月1日
金正恩氏は南北間の経済協力にも言及し、昨年の平昌冬季五輪大会で始まった本格的な南北融和路線を今年も継続していく意向を明らかにし、韓国側を喜ばせている。
停滞する「北の非核化」については、具体的な提案はなく、第2回米朝首脳会談にその行方を委ねたかたちだ。同時に、「米国がわれわれ人民の忍耐心を誤って判断し、制裁と圧迫に進むならば、われわれとしても新たな道を模索せざるを得なくなる」といつものように警告を発している。
金正恩氏は非核化の意思を再確認したが、具体的な核施設の申告などの提案はなく、『核兵器を製造、実験、移転しない』と主張しただけに留めていることに失望の声も聞かれる。韓国最大手紙「朝鮮日報」は北朝鮮専門家のコメントとして、「製造・実験、移転をしないという内容は北が既に核保有国にあることを前提にしている」と冷静に報じている。当方も同感だ。金正恩氏は核実験場の破壊に応じても、核兵器の全廃には絶対応じない。既成の核兵器の保持を死守するはずだ。その意味で、金正恩氏の「新年の辞」の非核化は核の破棄ではなく、「核保有国」の事実の再確認に過ぎないわけだ。
金正恩氏は昨年6月のシンガポールで開催された第1回米朝首脳会談では「北の非核化」という議題を巧みに「朝鮮半島の非核化」に拡大することに成功した。それに味を占めた金正恩氏は第2回首脳会談では長距離ミサイルの全廃を提案する一方、中短距離ミサイルの開発・維持を米国側に容認させようと努力するだろう。
トランプ氏が米国本土まで届かない中距離ミサイルを容認するようなことがあれば、日本は安全保障上、大きな危機に直面する。北は核搭載中距離ミサイルで日本を常に攻撃の視野に入れることができるからだ。
金正恩氏がトランプ氏との第2回目の首脳会談に拘るのは、トランプ氏とならば有利に交渉できるという読みがあるからだ。トランプ氏との第2回首脳会談では、核のモラトリアムと長距離ミサイルの開発断念と引き換えに制裁の解除を得ようと腐心するはずだ。
一方、トランプ氏が金正恩氏の核のモラトリアム案を受け入れるならば、次は在韓米軍の撤退が議題となる。実際、金正恩氏は「新年の辞」の中で米韓軍事演習の停止を強く求めている。
米軍関係者は金正恩氏の狙いを熟知しているはずだが、トランプ氏は新しい友達となった金正恩氏の本当の顔を知らない。マティス国防長官(退任)の助言に反しシリアから米軍撤退を決定するなど、トランプ氏には国防省関係者の意向に反してトップダウンで決定を下す恐れが常に付きまとう。
軍事・戦略分野も経済的なそろばん勘定で決定するトランプ氏の采配に朝鮮半島の行方、日本の安全問題が左右される。この現実を考えると、安倍晋三首相でなくても一抹の不安を感じざるを得ない。
金正恩氏の狙いは2点、朝鮮半島の非核化で駐韓米軍を撤退させる一方、対北制裁を解除させることにある。その願いを後押ししてくれる味方として韓国の文在寅大統領の役割があるわけだ。国民経済は厳しいにもかかわらず、文大統領の最大の関心事は依然、金正恩氏との南北融和路線の継続に注がれている。文大統領は北の人権弾圧には口を閉じ、南北民族の融和という標語に酔い、金正恩氏の“スポークスマン”を務めることを自分の使命と考えている。
金正恩氏が依然元気であり続けるのは単に年齢のせいではない。文大統領という韓国大統領の存在とトランプ氏という米大統領の出現に金正恩氏は勇気づけられているからだ。金正恩氏は両政治家が自身のタクト(指揮棒)に従って演奏してくれることを願っているはずだ。
オーストリア代表紙プレッセ2日付は1面全部を使って金正恩氏の「新年の辞」を報じた。一面上半分を背広姿で語る金正恩氏の写真で飾っている。記事のタイトルは「金正恩氏、新しい道で威嚇」( Kim droht jetzt mit neuem Weg )だ。クリスマス休暇中の欧州では大きな出来事がなかったこともあるが、北朝鮮独裁者の「新年の辞」が1面トップで報じられるということは2年前までは考えられなかった。それだけ朝鮮半島の政情がもはや地域問題ではなく、国際社会に大きな影響を及ぼす問題と受け取られてきたことを裏付けている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。