2018年の米国スポーツビジネス振り返り

新年になりましたが、これからの来るべきスポーツ界の1年を見据えるに当たり、いい機会なので昨年米国スポーツ界で起こった大きな出来事・新しい潮流について、ツイッターへの投稿などを振り返りながら整理してみようと思います。

スポーツ賭博の合法化

何といっても昨年米国スポーツ界最大の出来事は、これまで違法とされてきたスポーツ賭博に合法化の道が開けたことでしょう。これまでスポーツ賭博は1992年に制定された連邦法PASPAによりネバダ州をはじめ4州を例外に違法とされてきました。しかし、このPASPAを憲法違反だとする司法審査が昨年5月に最高裁で確定したため、スポーツ賭博の合法性に関する判断は州政府に委ねられることになりました。

この最高裁判決を受け、昨年10月時点で6州が既にスポーツ賭博を合法化し、18の州が合法化に向けた法案の審議を進めています。全米50州+DCの約半数の州がスポーツ賭博合法化に舵を切っている状況です。こうした中、NBA、NHL、MLBが相次いでスポーツ賭博事業者MGM Resortsとスポンサー契約を締結。NFLもつい先日、Caesarsとスポンサーシップ契約を結びました(ただし、NFLはリーグ規約で賭博を許可していないので、スポーツ賭博領域は契約から除外されている)。

スポーツ組織にとって、スポーツ賭博合法化の事業的インパクトは単に賭博者という新たな顧客を取り込めるだけに留まりません。スポーツの消費形態は、近年のソーシャルメディアやモバイルデバイスの登場や、デジタルネイティブのミレニアル世代の社会参加により、大きく変化してきていると言われています。具体的には、1試合をじっくり観戦する(Watching)という消費は主流ではなくなり、スポーツをつまみながら(Snacking)他のこと(食事、おしゃべり、別のスポーツ観戦など)を並行して行う形に変化してきています。

スポーツ賭博解禁で重要なのは、このSnackingの文脈からこれを理解することです。実際、スポーツ賭博合法化のインパクトは、賭博から生み出される直接的な収益よりも、新たな観戦形態を提供できる選択肢によって既存収益源から増収を生み出せる部分の方がはるかに大きいと言われています。

AGA(米国ゲーミング協会)とNielsenの試算では、米国4大スポーツで合計42.3億ドルの増収効果があるとされていますが、増収効果の78%はスポーツ賭博により新しい観戦・消費形態が生まれることによる既存収益源への増収効果(Revenue Increase from Fan Engagement)で、賭博からの直接的な増収効果(Gaming Related Revenue)をはるかに上回っています。

来そうで来ないOTT

Jリーグを筆頭に放映権がテレビからOTTに移行しつつある(スポーツ界におけるテレビの影響力が減退しつつある)日本にいるとイメージしづらいと思いますが、米国では放映権は有料テレビ局が高額複数年契約でガチガチに押さえていて、OTTが入り込んでくるスキがなかなかない状況です。

過去には、NFLがTNFの放映権をYahoo!やTwitterに実験的に売ったり、最近でもMLBがDAZNと新たにストリーミング契約を結びましたが、これもNFLのRedZone Channelのようにプレー中の試合のチャンスの場面だけを「Live Look-In」として抜き出してオンエアするもので、試合中継の本丸を手にするものではありません。

「来るぞ来るぞ」と言われながら、なかなか来ないOTTだったのですが、果たしてその状況を一変させたのがAmazonでした。

昨年、DisneyがFOXを買収したのは記憶に新しいところですが、反トラスト法違反でこの買収を審査していた司法省が、FOXが持つ22のRSNの売却を条件にこの買収を認めました。現在、このRSNの入札が行われている最中なのですが、ここに手を上げてきたのがAmazonでした。放映権を買うのではなく、テレビ局を丸ごと買ってしまおうというのですから、Amazonらしいスケールの大きな話です。

この22局の中には、ヤンキースの放映権を持つYESなども含まれており、Amazonがスポーツ中継ビジネスに参入してくると、これまでの勢力図が一変してしまう可能性があり、この入札の行方は要注目なのです。

NCAAとプロスポーツの直接競争時代の幕開け

米国の大学スポーツで大きな収益を上げているのは、男子バスケとフットボールの2競技にほぼ限定されます。なぜこの2競技だけビジネスとして成功しているかというと、NBAとNFLにはドラフトに年齢制限があり(NBAは19歳、NFLは20歳にならないとドラフト資格を得られない)、高卒即プロ入りが認められていないからです。

これにより、プロ志望の大学トッププレーヤーは、年齢制限があるから仕方なく大学に進学しているという学生も少なくなく、これが裏金の温床になっていました。昨年、FBIの捜査により、有望選手の入学を希望するナイキやアディダスといった大学スポンサー企業や、卒業後の代理業務を狙うエージェントが、選手(やその家族)やリクルーティングで影響力のあるヘッドコーチにカネをばら撒いていた一大スキャンダルが発覚しました。

FBIの捜査はまだ続いていますが、このスキャンダルを受け元国務長官のコンドリーザ・ライスを委員長とする第三者委員会が立ち上がり、スキャンダルの元凶となっていた年齢制限の撤廃や代理人の使用許可などを含む大学バスケ界の改革案が提示されました。

こうした動きに合わせ、NBAも傘下のGリーグの待遇を改善するなど、来るべき年齢制限撤廃に備え、高卒トッププロを受け入れる環境整備を虎視眈々と進めています。

つまり、これまで年齢制限により上手く守られていた大学スポーツとプロスポーツの住み分けが終焉を迎え、今後は直接的な競合として選手の争奪戦を繰り広げることになるわけです。

NCAAとプロスポーツが直接対決を迫られるのはバスケだけではありません。2020年7月から18-22歳を対象とした育成プロフットボールリーグ「Pacific Pro」が開幕します。これにより、年齢制限により利権が守られていたバスケ・フットボールともに今後はプロとの直接競争を強いられることになります。

NCAAは2016年には既にそのビジネスモデルの根幹ともいえるアマチュア規定(学生の本分は学問にあるという建前から、学生にはプレーの対価としての報酬は支払えないという規約。これによりスポーツ組織経営における最大のコスト要因である選手年俸を極小化することができた)が反トラスト法違反という判決が下されています。

大学スポーツのビジネスモデルが根本的に見直される流れは今後も続きそうです。教育機関がスポーツビジネスを行うことによる商業至上主義・勝利絶対主義の弊害がこれまでにない程噴出してきている昨今、プロとの直接対決時代を迎えるに当たり、学生スポーツの意義が本質的に問い直されていくことになるでしょう。

アナリティクスによる競技の変容

いわゆる“マネーボール”に始まったアナリティクス(統計的データ分析)の戦術分析への応用は、スポーツの本質すら変えつつあります。主に打撃面での選手評価から用いられ始めたアナリティクスは、守備面にもその応用領域を拡大し、今やMLBでは多くの球団がバッターの打撃傾向に応じて極端な守備シフトを敷くようになってきています。

これは、フライには傾向が見られないがゴロには一定の傾向があるという分析結果に基づいた動きなのですが、これにより投手はゴロを打たせるような配球を行い、それに対峙する打者は逆にフライを打つように意識を向けるようになりました。

この結果、全体的な傾向として打者の平均打率は下がる一方で、ホームランの数は増えるようになり、インプレーの数が減ってきていると言われています。言い方を変えれば、野球が大味になったというわけです。これに対しては、MLBのコミッショナーも危機感を示しており、守備シフトの規制を検討していると報じられています。

また、アナリティクスが変えたのは選手の動きだけではありません。基本的な戦術はフロント主導になる傾向が強まり、監督には戦術(選手の起用や作戦の選択など)よりもチームの雰囲気づくり(いわゆるケミストリー)が任されるようになってきているようです。要は、科学の部分は球団が行うので、アートの部分を担当するように役割が縮小されてきているのです。これにより、MLBの監督の年俸は減少傾向になっています。

既に試合映像のスカウティング分析などにAIが入って来つつあります。リアルタイムで戦術分析が行えるようになるのも、時間の問題でしょう。言い方を変えれば、AIがGMや監督を置き換えるのが技術的に可能になるのです。果たしてそうなった場合、それをルールで許すのかどうか。スポーツの中で人の要素をどこまで排除することを認めるのか。守備シフトの先にはこうした本質的な問題が横たわっています。

都市招致型グローバルメガイベントのビジネスモデル陳腐化

東京五輪開幕が目前に迫った今、オリンピックに代表される都市招致型グローバルメガイベントへの風当たりが急速に強くなってきています。資本主義が成熟期を迎え、資源の有効活用に向けReduce、Reuse、Recycleが求められてきている世の中で、開催都市に無理を強いるビジネスモデルは立ちいかなくなってきています

オリンピックのモットー「Faster, Higher, Stronger」(より早く、より高く、より強く)は、資本主義の発展過程では「豊かになりたい」という国民心理と密接に結びつき、大会開催を後押ししてきました。しかし、今日のように成長より成熟が求められる世の中では、たった2週間のイベントに兆円レベルの巨費を投じる理由を正当化するのが難しい時代に差し掛かっています。

26年の冬季五輪招致から札幌が撤退したのは記憶に新しいですし、カルガリーも市民の反対から昨年11月に撤退を決めたのをご記憶の方もいるかと思います。既に、26年五輪では大会招致に立候補した7都市のうち5都市が撤退を決めました。

日経ビジネスにも書きましたが、2016年にオックスフォード大学が実施した調査では、過去に開催されたオリンピックで招致段階の見積もり通りに収まった大会は1つもないという衝撃的な事実が明らかになっています。こうしたリサーチ結果を受け、同大学の調査チームも「オリンピックの開催を予定している都市や国は、世の名で最も高額で財務リスクの高い大規模プロジェクトを行おうとしているという認識を持つべき」と警鐘を鳴らしています。

東京オリンピックも「レガシー」をキーワードにサステナブルな五輪の実現に向け動いているようですが、「レガシー」がその場しのぎの言い訳に使われるようなら、東京オリンピックは1984年のロス五輪により構築されたと言われるオリンピックのビジネスモデルに終止符を打った大会として記憶されることになるでしょう。

ピンチはチャンス。是非とも、2020年の東京オリンピックが「サステナブル五輪への道筋をつけた大会」と言われるように、意味あるレガシーが残されることを期待したいと思います。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2019年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。