米朝首脳会談の「ショー化防止策」

長谷川 良

スイスの世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)が今月22日から開催されるが、トランプ米大統領は10日、政府機関の一部閉鎖などを理由にダボス会議の参加を見合わすと表明したことは、トランプ大統領のダボス会議参加を期待していたスイス政府関係者や欧州メディアにとって残念だったろう、と考えていた。だが、そうでもないらしい。「これでダボス会議は落ち着いて世界的諸問題を話し合うことができる」と喜ぶ声が聞かれるのだ。ダボス会議関係者によると、今回はトランプ氏だけではなく、マクロン仏大統領も参加しない。

スイスインフォによると、スイス公共放送(SRF)のフレディ・クシュタイガー氏は、「トランプ氏の参加はダボス会議を豊かにするというよりは負担になるだけだ。建設的な提案をするわけでもなく、ダボス会議という華やかな舞台を利用して自分の主張を世界に宣伝するだけだからだ」と厳しく語る。要するに、「ダボス会議で単なる華やかさを添えるだけの大物の出席は必要ない」というわけだ。

クシュタイガー氏は、「トランプ氏の欠席を、2019年ダボス会議を成功に導く好機とすべきだ」とまで言い切る。クシュタイガー氏の発言は「単なる強がり」から出たものではないらしい。

スイスインフォの記事を読んで考えさせられた。世界各地で毎年、大物政治家が参加する国際会議や各種の首脳会談が開催されるが、それらの会議を通じて実質的な政治問題や経済問題が解決されたとは余り聞かない。メディアで華々しく報じられるが、会議では舞台裏で作成済みの宣言書や表明文が発表されるだけだ。大統領や首相たちはその舞台を飾る華やかな書割に過ぎないケースが多い。

昨年6月の会談(ホワイトハウスFacebook:編集部)

ところで、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の第2回の米朝首脳会談が2月下旬には開催されるという。昨年6月のシンガポールの第1回首脳会談ほど注目度は高くないが、世界は同首脳会談の行方を追うだろう。

懸念材料は第2回首脳会談の準備というべき両国間の実務協議がほとんど進展していないことだ。具体的には、北朝鮮の非核化プロセスだ。北はこれまで保有する核兵器の個数、核破棄へのプロセスを明らかにしていない。一部核関連施設の解体でお茶を濁している程度だ、金正恩委員長は第2回首脳会談を前に側近の金英哲副委員長をワシントンに派遣し、トランプ大統領に自身の親書を手渡したが、第1回首脳会談と同じように非核化の意思を表明するだけの内容の可能性が高い。それでも金正恩氏がトランプ氏との会談に拘るのは米朝首脳会談の実現が自身の政治基盤強化に役立つからだ。非核化を進展させる気は最初からない。実際、寧辺核関連施設が操業している兆候が監視衛星で捉えられている。

そこで第2回米朝首脳会談が第1回と同様、宣言だけに終始し、具体的な成果が乏しかったことの二の舞を演じないために、米朝首脳会談の運営を変える必要があるだろう。例えば、米朝首脳会談の「2部制」だ。「1部」はメイン・ディーラーが席を占める。米国からはボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官、ポンぺオ国務長官、北朝鮮から金英哲副委員長らだ。そこで非核化など重要議題を集中的に協議する。

その数時間後、「2部」が始まる。「2部」は実務協議ではなく、あくまでもエンターテイメントだ。米国や北朝鮮から民族歌手を招待するのもアイデアだろう。「2部」の主人公は背広姿ではなく普段着のトランプ氏と金正恩氏だ。ワインやシャンペンで勢いがつけば、トランプ氏も金正恩氏も舞台に上がって得意の歌を歌えばいいだろう。繰り返すが、「2部」はエンターテイメントだから、非核化など複雑な議題は話さない。敢えていえば、トランプ氏の実業界での裏話や金正恩氏の現地視察での苦労話が食事の話題となるだけだ。

世界のメディアは翌日、米朝首脳会談の「1部」の経緯を詳細に報道するが、「2部」のエンターテイメントでは笑顔で飲食しながら語り合うトランプ氏と金正恩氏の写真を掲載するだけで終わる。米朝首脳会談のメイン・イベントは「1部」だからだ。

ワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙など世界の代表的メディアは「1部」の経緯をトップで報じる一方、独ビルドや英デーリー・メール紙など欧米の大衆紙は「2部」を中心に報じる。首脳会談の「2部制」によって、世界のメディアの“棲み分け”も自然に行われる。

米朝首脳会談後の記者会見では1部の参加者が国際記者団の質問に答える。2部参加者のトランプ氏と金正恩氏はその傍で聞きながらお互いに食事会での話題を思い出しながら笑顔を振りまく。どうしても必要ならば、トランプ氏が記者会見の司会役を担っていいだろう。

記者会見は充実し、質疑応答は詳細まで及ぶ。米朝首脳会談で何が進展し、何が未解決のまま残ったか記者たちも理解できる。「何が話し合われ、何が合意し、何が未解決か」が首脳会談後の記者会見を聞いてもピンとこないケースがあったが、首脳会談「2部制」でそのような事態は避けられる。

もちろん、首脳会談の前に「1部参加」の大統領補佐官や国務長官はトランプ氏と念入りな打ち合わせが必要だ。同じように、金英哲副委員長ら側近も金正恩氏の意向を完全に掌握していなければならないことは言うまでもない。「1部」と「2部」の参加者の間にホットラインを設置することもアイデアだ。

首脳会談の「2部制」がうまく機能すれば、もはや“会議は踊る”といったことはなく、何らかの成果が生まれてくるだろう。「北の非核化」の見通しは明確になる一方、不必要な言葉尻を捕らえる質疑応答は少なくなる。米朝首脳会談を取材するジャーナリストの関心もショー的側面から実質的内容に向かうだろう。

世界はますます混沌としてきた。「ダボス会議」だけの話ではない。首脳会談をショーとする時間はもはやないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。