ローマ法王「中絶は人権にあらず」

世界に約13億人の信者を擁するローマ・カトリック教会の最高指導者、法王フランシスコは2日、「中絶は人権ではない」と述べた。バチカンニュースが同日報じた。フランシスコ法王がイタリアの胎児の権利を擁護する非政府機関(Movimento per la vita)の代表団に語った内容だ。ローマ・カトリック教会は中絶に対しては厳格に反対してきたが、「中絶は人権ではない」と強調した今回の法王の発言は教会内外で大きな波紋を呼ぶのは必至だ。

▲夜の闇に浮かぶ教会の塔(2018年7月27日、ウィーンで撮影)

▲夜の闇に浮かぶ教会の塔(2018年7月27日、ウィーンで撮影)

フランシスコ法王は、「中絶をあたかも人権のように受け取る者もいるが、胎児は自分の好みによっては愛し、そうでない時は捨ててしまうような消費財ではない。命を抹殺することは殺人を意味する深刻な問題だ」と主張した。そして世界の指導者に向かって「中絶を認めるような法を支持することは間違いだ。命を守ることが共同の価値の土台であるという信条をもつべきだ。子供の誕生は未来であり、希望を意味するからだ」と強調している。

フランシスコ法王が中絶問題でこのようにはっきりとした言葉で表明したのは珍しい。最近では、フランシスコ法王は昨年10月10日、バチカンのサンピエトロ広場の一般謁見の場で、「妊娠中絶は殺人請負人を雇うことと同じだ」と発言し、教会内外で大きな波紋を呼んだことがあるが、今回の発言はそれを凌ぐインパクトのある表現だ。

フランシスコ法王は中絶問題では教会のドグマを堅持する一方、計画出産、避妊の必要性については言及している。同法王は2015年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で同行記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く生む必要はない。カトリック信者がウサギのようになる必要はない」と述べ、批判の声が上がったが、多産国家のフィリピンでローマ法王は中絶を避ける防止策として避妊を間接的に勧めたわけだ。

このように書いていると、フランシスコ法王が今年11月、訪日することを思い出した。少子化が急速に進む日本でフランシスコ法王はどのような発言をするだろうか。日本でも中絶問題は深刻であり、その件数は少なくない。その日本でイタリアのNGO代表団の前で語ったように「中絶は人権ではない」「中絶は殺人だ」という発言をした場合、日本のカトリック信者はひょっとしたらパニックに陥るかもしれないからだ。

日本のメディアではLGBTを擁護し、同性婚を支持する論調が増えてきているが、フランシスコ法王は機会がある度に「婚姻は男性と女性に限られる」と述べている。すなわち、同性婚の考えとは相いれないわけだ。

自民党の杉田水脈衆院議員が月刊「新潮45」に寄稿し、「『LGBT』支援の度が過ぎる」の中で「性的少数派(LGBT)は非生産的だ」、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるか」と指摘したことが報じられると、性的少数派ばかりか、マスコミや政治家も巻き込み、寄稿者への批判の声が飛び出したお国柄だ。フランシスコ法王のLGBT問題に対する見解に傾聴してもいいだろう。

フランシスコ法王の訪日を歓迎する声が多い。南米出身のフランシスコ法王は世界で唯一の被爆地、広島、長崎を訪問し、被爆者の霊を慰め、隠れキリシタンの地を訪ね、日本のキリスト信者の信仰を称賛するだろうが、フランシスコ法王は中絶に強く反対し、性的少数派の問題でも同性婚には反対している。日本社会が抱えている少子化問題、中絶問題、性的少数派問題についてはっきりとしたスタンスを有した宗教指導者であることを忘れるべきではないだろう。ローマ法王はポップス界のスーパースターではない。

その意味から、フランシスコ法王の訪日を中絶問題やLGBT問題について議論するチャンスに利用すべきだろう。被爆地を訪問し、隠れキリシタンの地を慰霊と称賛を聞くだけでローマ法王の訪日を矮小化してはならない。1981年2月の故ヨハネ・パウロ2世以来、33年ぶりのローマ法王の訪日だ。この機会を日本社会が抱えるさまざまなテーマについて宗教指導者の意見を聞き、その是非を議論することができれば、フランシスコ法王の訪日は日本国民にとっても有益なイベントとなるだろう。

その最初の試みとして、「中絶は人権にあらす」というテーゼについて、日本のカトリック信者ばかりか、知識人を巻き込んだ議論が湧き出ることを期待したい。議論はヒートするかもしれないが、議論を恐れることない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。