千葉県野田市の小4虐待死、事件の痛ましさから連日報道が耐えません。心理学者として虐待の問題を家庭の問題に還元せずに社会の問題と考えるように訴えてきた私もフジテレビ,テレビ朝日の報道番組から取材を受けました。事件の痛々しさから、みんなが「なぜこのようなことに…?」「どうすれば防げたのか…?」と考えずにはいられない雰囲気を察します。
かく言う私もその一人で,取材を受ける前から「なぜ?」「どうすれば?」と考え続けています。その中で加害者である父親の年齢が目に止まりました。もちろん、年齢は直接の原因ではありません。父親の年齢の人たちがどのような年代で、どのような体験をしてきたのか気になったのです。
具体的な年齢はここでは伏せますが、加害者である父親は就職氷河期のど真ん中で社会に出たのではないかと思われる年齢です。就職氷河期で社会に出た方々は、いわゆる非正規雇用の職に就かざるを得なかった方が多いことで知られています。近年では、他の世代と比べて貯蓄や生涯年収が伸び悩むことが社会問題としても報じられています。もちろん,老後の生活の安定も不安視されている年代です。
非正規雇用の労働者の暮らしは決して楽ではありません。実は筆者も就職氷河期1年目を経験しています。学生時代の筆者はバブリーな企業人に憧れていましたが、企業人の道は諦めて20代前半に心理職として社会に出ました。もちろん、バリバリの非正規雇用です。そして,30代前半までは非正規雇用を転々としていました。ほとんどが一年更新です。
人の心を支援する仕事でありながら、来年の雇用があるかないか常に不安でした。更新の時には勤務時間や週の労働時間、給与を理由もなく減らされた経験もあります。その度に誇りや自尊心を削られる思いでした。
もちろん、就職氷河期世代で非正規雇用だから虐待をするわけでも,子どもを死なせるほど暴行するわけでもありません。これはこれで、きっちり容疑者である父親の心の闇を解析して、二度とこのような事件が起こらないように社会を整えなければなりません。
しかし、自尊心を削られた時の反応は筆者の場合は概ね自責に向かうのですが、他責、つまり「誰かのせいだ!!」と憤る方向に向かう人もいます。この状態が長く続くと,心の安定を保ちにくいことは心理学者としての筆者の研究でも示唆されています。
筆者の妄想のような考察になりましたが、仮に就職氷河期が遠因としてでも関係しているとしたら、第2、第3の事件の種がどこかに落ちているかもしれません。痛ましい事件、恐ろしい事件ですので、謎はしっかりと解明して二度と起こさないのが私たち社会を作る大人世代の役割です。多面的、多角的、多層的に検討する必要があると思います。
杉山崇
神奈川大学人間科学部教授・心理相談センター所長、心理学者・心理マネジメント評論家
脳科学と融合した次世代型サイコセラピーの研究やTV・雑誌などマスメディアでの心理学解説で知られる
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