一人の枢機卿とカトリック教会修道院の元修道女が6日、独ミュンヘンのバイエルン放送のスタジオで対談した。枢機卿はその中で若い時、神父に性的行為をされそうになった経験をカメラの前で初めて告白し、元修道女は修道院時代に性的虐待をされた体験を淡々と証言した。
前者は、オーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者クリストフ・シェーンボルン枢機卿(74)だ。バイエルン放送(BR)のドキュメンタリー番組「教会の性犯罪」の中で枢機卿自身が若い時、神父に接吻されようとしたことがあったと告白した。
一方、元修道女はドリス・ヴァーグナーさん(36)。ドイツで生まれ、高等学校卒業資格(アビトゥ―ア)を習得後、19歳でオーストリアのブレーゲンツのカトリック教系修道院「The Work」に入り、修道女生活を始めたが、修道院内だけではなく、バチカン教理省内に勤務していた時も神父から性的虐待を受けた生々しい体験を語った。
シェーンボルン枢機卿は次期ローマ法王の有力候補者の一人とみなされ、バチカンでも同枢機卿の言動は常に関心をもってフォローされている。その枢機卿が若い時、聖職者の性的虐待の犠牲者だったことを明らかにしたことで、教会内外で大きな波紋を呼んでいる。オーストリア国営放送は7日夜のニュースでトップで報道した。
同国教会で1995年、教会最高指導者だったグロア枢機卿が教え子に性的行為をしたことが発覚し、教会内外で大きな衝撃が走り、その直後、多くの信者が教会から脱会したが、シェ―ンボルン枢機卿の今回の告白はそれと同じような衝撃を国民に与えている。
シェーンボルン枢機卿は番組の中で、「性的不祥事が起きやすい教会の組織とシステムが基本的な問題だ」と述べている。具体的には、「神父は神聖な存在であり、介入できない存在という神父像があれば、神父は全てを許され、決定できるといった権威主義が自然に生まれてくる」と説明した。
ヴァーグナーさんは、「修道院では全て上からの指令で動かなければならなかった、自分で考え、何かをする時間はなかった。神父に性的虐待を受けた時も誰も自分の話を信じなかったばかりか、問題は自分だといわれたほどだ」という。彼女は「Machtungleichheit(力のアンバランス)が問題だ」と指摘すると、枢機卿も頷き、「教会の女性軽視はもはや時代のモデルではない」ときっぱりと述べている。
ヴァーグナーさんは修道院を去った後、「もはや私ではない」(原題「Nicht mehr ich」)という本を出版し、修道院時代の体験を克明に記述している。彼女は「教会は自分の故郷だから、その故郷を批判したり、悪口を言うことに強い抵抗があった。同時に、他の修道女から私のような体験をした女性が少なくないことを知って驚いた」と語った。
アラブ首長国連邦(UAE)からローマへの帰国途上の機内記者会見でフランシスコ法王は修道女への性的虐待問題についての質問を受け、「修道女が神父や司教たちの性的奴隷のように扱われてきたことを知っている」と述べている。同時に、「その事実が明らかになることに強く抵抗するグループが教会内には存在する。前法王ベネディクト16世は聖職者の性犯罪を明らかにしようとしたことがあったが、強い抵抗に出会った」と答えている。
外部の世界から閉ざされた修道院では、枢機卿が司教や神父に修道女を斡旋するようなこともあったという。文字通り、修道女は売春婦のように取り扱われてきたわけだ。
アイルランド、オーストラリア、米国、ドイツ、ポーランド、オーストリアなど欧米教会でこれまで数万件の聖職者による未成年者への性的虐待事件が発生してきた。この数字はあくまで犠牲者が通達した件数に過ぎず、実数はその数倍ともいわれる。修道女への性的虐待件数はこれまで発表されたことがないが、その数はひょっとしたら聖職者の未成年者への性的虐待件数を上回るかもしれない。
バチカンで今月21日から聖職者の性犯罪を協議する「世界司教会議議長会議」が開かれる。聖職者の性犯罪は今日、カトリック教会の最上層部まで及んできた。
フランシスコ法王は法王就任直後、バチカン改革を推進するために9人の枢機卿を集めた頂上会議(C9)を新設し、教会内外に改革刷新をアピールしたが、9人の枢機卿のうち、少なくとも3人の枢機卿(バチカン財務長官のジョージ・ペル枢機卿、ホンジュラスのオスカル・アンドレス・ロドリグリエツ・ マラディアガ枢機卿、サンチアゴ元大司教のフランシスコ・エラスリス枢機卿)は今日、聖職者の性犯罪や財政不正問題の容疑を受けている。
フランシスコ法王が主張する教会刷新の実相が如何なるものか、これで分かるだろう。「ビガーノ書簡」でも明らかになったように、フランシスコ法王の周辺にも性犯罪の容疑者が多数いるのだ(「カトリック教会は『性犯罪組織』か」2019年1月10日参考)。
カトリック教会はこれまで聖職者の性犯罪を組織ぐるみで隠蔽してきたが、カリスマ的法王ヨハネ・パウロ2世の死後、後継者のドイツ人前法王ベネディクト16世時代に入ってから次から次へと暴露されていった。その都度、教会側は形だけの謝罪を表明する一方、聖職者の性犯罪対策のための組織的刷新は行わず、今日まできた。
これまで無視されてきた修道女への性的虐待問題が明るみに出てきた。そして枢機卿自身も沈黙を破り、自身の体験を告白した。今月21日に開かれる「世界司教会議議長会議」でどのような対応策が飛び出してくるだろうか。
同会議に参加するシェーンボルン枢機卿は、「自分はあまり大きな期待を持っていない。会議を通じて最低、教会内で多数の聖職者による性的犯罪が行われてきた、という事実を認識できれば成果というべきかもしれない」と番組の中で述べていた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。