競走という競争は、人の足を速くするだろうか。仮に速くするとして、それが革新だろうか。世界記録を更新することは、誰かとの競争だろうか、それとも絶対的数値へ向かう孤独な自己との戦いだろうか。記録更新の主因は、肉体的な力の改善だろうか、それとも、知的な走技法の創意工夫だろうか。
革新は、他人との比較における単純な競争ではなく、自己との戦いにおける知的創造から生まれる。人間の知的成長こそが、真の経済成長の動因なのだ。そこには、無限の可能性がある。人口減少の日本でも、知的には、いくらでも成長できる。
知的創造の営みは、芸術家の営みと同じだ。そこに競争という用語を用いることは、適当ではない。しかし、競争は、自由で公正な競争である限り、革新の芽を生むことはなくとも、革新の妨げになる不公正な行動を排除することにより、革新の芽を育む。競争というのは、知的革新を阻害する行為の排除のことである。
世界記録更新が革新なら、それが知的な創意工夫に基づくからであり、自分自身との戦いだからである。この革新を阻害するものは、例えば、陸上競技の規則を決める団体に不当な政治工作をして、自己のもつ記録が破られないように、自分に有利な規則改定をさせて、他人の新記録を無効にしてしまうような活動であろう。
このような不当な行為が可能であるためには、規則をも支配するような優越的な地位、まさに独占的地位が必要である。公正かつ自由な競争というのは、このような不当な独占的優越に基づく力の介入を排除することにほかならない。
価格競争ということがあるとして、その価格の引き下げは、製造や流通の諸段階における小さな創意工夫、即ち革新の累積の結果として、従来と同じかそれ以上の品質の保証のもとに行われてこそ、経済の成長につながる。何らの革新をともなわない単なる価格だけの競争は、現実に日本でおきたように、価格低下の循環的累積を招き、需要を減退させる反射効果をともなうので、決して成長にはつながらない。
ましてや、単純なる価格競争において、高い市場占有率をもつ独占的企業が、革新によって追いつこうとする後続の弱小他社を害する目的で、不当廉売を行うことは、典型的な不公正取引であって排除されなければならないわけである。
創造的革新が成長を生み、革新は競争のもとで持続する。故に、革新なき競争は不毛だとしても、競争なくして革新もないのである。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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