安倍晋三首相にとってゴルフ友達でもあるトランプ米大統領との会合は既にルーティンとなった感があるが、欧州アルプスの小国オーストリアのセバスチャン・クルツ首相にとっては文字通り世界の政治のひのき舞台、米ホワイトハウスでトランプ大統領と行う会合は初体験だ。オーストリア通信(APA)によると、同国の首相がホワイトハウスで米大統領と会うのは13年ぶりという。
クルツ首相は20代後半から政界入りし、弱冠31歳で一国の首相に上り詰めた政治家(現在32歳)だ。2015年に中東・北アフリカから大量の難民が欧州に殺到した時、国境線の閉鎖をいち早く実施して名を挙げた。同首相は欧州政界では既に有名人であり、同首相と会見を期待する欧州の政治家も少なくない。特に、難民問題で苦悩するドイツでは、難民歓迎政策を実施したメルケル首相とのコントラスということもあって、厳格な難民政策をいち早く打ち出したクルツ首相はスターだ。ドイツの政治討論ではクルツ首相は常連ゲストだ。
昨年下半期は欧州連合(EU)議長国として欧州政治を主導し、今年に入ると、その活動範囲を拡大。米国入りする前に韓国・日本を実務訪問し、文在寅大統領、安倍首相らアジアの指導者と面識を持ったばかりだ。
クルツ首相はホワイトハウスでいよいよトランプ大統領と会合する。同首相は19日夜、米国入りし、ポンぺオ国務長官と夕食を共にし、20日午後1時50分(現地時間)、トランプ大統領と会談する。会合時間は15分から20分間という。会談後の記者会見は予定されていない。
(トランプ・クルツ首脳会談は日本時間21日午前になるので、21日付のこのコラム欄には遅すぎる。そこで、今回は13年ぶりに米大統領と会うオーストリア首相周辺の声、準備状況、期待などを中心に報告する。会談内容で重要なテーマが出てきたら後日報告)
トランプ米大統領と欧州との関係は良好ではない、というより少々険悪だ。トランプ大統領はドイツ製自動車など欧州車に対して追加関税を検討。自動車産業が国民経済発展のシンボルでもあるドイツ経済界は大ショックを受けたばかりだ。
トランプ氏が第45代米大統領に就任して以来、欧州はワシントンから配信されるツイッター情報に常に驚かされてきたが、ドイツ製自動車への特別関税のニュースは普段は冷静なメルケル首相も驚かせた。地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から撤退し、欧州の外交が力を入れてきた「イラン核合意」(2015年7月)からもあっさり離脱、欧州の安全にも密接な関係がある中距離核戦力全廃条約(INF協定)から離脱宣言し、欧州諸国を再びロシアの核弾道ミサイルの脅威にさらさせたばかりだ。
それだけではない。シリア内戦で拘束されたイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)の欧州出身戦闘員の引き取りを欧州側に要求してきた。
ルクセンブルクのジャン・アセルボーン外相ではないが、ワシントンから発信されるトランプ大統領のツイッター外交で欧州はショックの連続だ。欧州政治家の中にはトランプ嫌いが増えてきた。クルツ首相がトランプ大統領と会見することが伝わると、オーストリア最大野党社会民主党の欧州議会選の筆頭候補者アンドレアス・シーダー氏は、「トランプ大統領は歴代最悪の米大統領であり、世界の安全に危険な大統領だ。クルツ首相は自身のPRとトランプ大統領とのセルフィー(自撮り)のために米国に行く」と少々ジェラシーも含む皮肉を述べているほどだ。
米国と欧州の間には話し合わなければならないアジェンダは多いが、公式訪問ではなく、15分と短時間の会見だからトランプ氏とクルツ首相の間で深い対話は期待できない。「顔見せ程度に終わるだろう。トランプ氏にとって、クルツ首相の名前は今回初めて聞くはずだ」といった声もある。
しかし、トランプ氏とクルツ首相は年齢の差こそ大きいが、案外、相性が合うのではないか。クルツ首相は聞き上手だ。彼に会った政治家からは好かれる天稟のタレントを有している。そこで一方的な推測だが、以下は当方の予想だ。
クルツ首相がトランプ氏に、「米大統領のポストは大変ですね。欧州の政治家はあなたのことを『歴代最悪の大統領』と言っています。僕はそうは思いませんよ」と言い出す。大統領就任以来、多くの旧友を失い、任命した閣僚は次から次と辞任、ないしは解任され、欧州からは批判の声しか聞かなかったトランプ氏は眼前の32歳の青年首相を見て、「セバスチャン君、君は僕の友達になれるよ」と言い出す。賢明なクルツ首相は素早く「大統領、僕たちは友達ですよ」と相槌を打つ。そしてトランプ氏とクルツ首相は「ドナルド・セバスチャン」で相互呼び合うことで合意して15分間の短い(独語で短いはクルツという)会合を終える。
クルツ首相との会談を終えたトランプ大統領を待っていた通信社の記者は「大統領、会合はどうでしたか」と聞くと、トランプ氏は笑顔をみせながら、「うまくいったよ。セバスチャンは僕の欧州の友達だよ」と答える。それを聞いた通信社記者は、「アルプスから来たオーストリアの青年首相セバスチャンはトランプ大統領の心をとらえた。トランプ氏にとって欧州の初めての友達だ。セバスチャンは金正恩氏(北朝鮮の独裁者)に次いでトランプ氏の2番目の友達だ」という見出しの速報を世界に配信する、といったシナリオも考えられる。
実際、トランプ氏とクルツ首相は難民対策では共通点がある。対メキシコ国境の壁建設で議会と戦うトランプ大統領は、大量の難民殺到を阻止するために国境沿いをいち早く閉鎖したクルツ首相から激励されるかもしれない。クルツ首相は意見の相違が大きい貿易問題やイラン核問題は避け、難民対策に絞って意見の交換をすれば、会合は15分で終わらないかもしれない(「オーストリア外交が少しおかしい」2019年1月21日参考)。
なお、トランプ大統領との会談のほか、クルツ首相は米国ユダヤ協会(AJC)デヴィッド・ハリス理事長と会合し、夜にはトランプ大統領の娘、イバンカ・トランプ大統領補佐官夫妻からディナーに招待されている。翌日21日には国際通貨基金(IMF)の クリスティーヌ・ラガルド専務理事、世界銀行のクルスタリナ・ゲオルギエヴァ総裁代行との会見が入っている。
いずれにしても、トランプ大統領との短い会見がどのような展開となろうが、世界最強国・米国の大統領との出会いはクルツ首相の今後の政治活動に大きな財産となることは間違いないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。