泥船に乗ったマネー至上経済の行方

中村 仁

市場の暴力的調整を待つ

世界経済は、過剰に供給されたマネーの海に浮かぶ泥船に例えられます。それではいけないと、量的な引き締めに転じていた米国が一転、「年内は追加利上げの停止」、「景気減速を警戒してマネーは潤沢のままにしておく」に転換しました。

10年前のリーマン危機後、米欧日は異次元の金融緩和に走りました。「異常事態のもとでは金融緩和が不可避でも、長期化すると将来に禍根を残す。平時は元に戻して金利機能を生かす」が常識です。その常識がますます通用しなくなっている。金融政策の正常化や財政健全化をいくら警告してもむなしい叫びに終わります。

結論から申しあげれば、「肥大化したマネー市場はちょっとしたきっかけですぐに動揺する」、「選挙で不利となるような政治選択ができない」、「不人気な増税より、痛みを感じない金融緩和や財政膨張に頼る」傾向が強まっています。瞬時に情報を伝達するネット化もそうした傾向を後押ししています。

最後はなにが起きるか。リーマン危機がそうであったように、バブル崩壊という市場の暴力的な調整に任せるしか道がない。政策的な手詰まりが結局、ダムや堤防の決壊を招き、泥船は沈む。

市場の調整は失業、倒産を呼ぶ

トランプ大統領とパウエルFRB議長(The White House/flickr)

リーマン危機当時に米議会に設けられた金融危機調査委員会(09年)のアンヘリデス委員長は昨年秋、日経のインタビューで語りました。「ウオール街でいま起きているのは、危機前に起きていたことと一緒だ」。「ウオール街の急回復に対し、何百万人という人が仕事や家を失い、いまだに以前の状態に回復していない。巨額の公的支援で立ち直った金融機関はより強大になった」と。

米連邦準備理事会の議長にパウエル氏が就任(昨年2月)し、金融正常化への期待が高まりました。昨年は利上げを4回やり、今年は2回の予定でした。金融政策の引き締め、世界景気の減速、米中貿易摩擦などを背景に、株価が動揺を始めると、トランプ大統領はパウエル議長の解任をちらつかせました。政治権力者にとって株価が最大の経済政治学の指標です。

パウエル議長は「追加利上げの停止」、「量的引き締めの停止を意味するFRBの資産縮小」を選択しました。大統領の圧力ばかりでなく、肥大化しマネー市場(株高)はちょっとのことで乱高下しますから、金融正常化に向けた動きをとろうにもとれないのです。

サブプライムに似た金融商品

「格付けが低い企業への融資をまとめたローン担保証券と呼ぶ金融商品が、世界経済の新たなリスクになってきた」と、日経が報道(22日)しました。残高は68兆円で10年で倍です。リーマン危機の際のサブプライムローンに似ています。信用力の劣る企業向けの債権で、景気が悪化すれば破綻しかねません。

米欧日の中央銀行の総資産(マネー供給の原資)は金融危機前が3.5兆㌦で、現在が14兆㌦で4倍になりました。これだけマネーを供給してしまうと、政策的な後戻りできません。株価が動揺するので、正常化は政治的に難しい。その代わり市場が暴力的に調整に乗り出す。株価の崩壊、不況が発生したら、緊急対策と称して、中銀がさらにマネーを供給し、財政出動に乗り出す。

際限なく中銀の財務体質、財政危機が泥沼にはまっていく。目先の痛みを緩和するために打つ手が危機を深める。黒田日銀総裁は「必要なら追加緩和をする」が口癖です。政治も中央銀行も本当のことをいわない。「そんなことより、まず目の前の危機対策が必要だ」としか言わないのです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。