「選挙」とそれによって選出された議員から成る「議会」がなければ、その国の政情はどのような状況だろうか。アドルフ・ヒトラーなど独裁的指導者が誕生する危険性が出てくるという声があるが、多くの過去の独裁者は「選挙」や「議会」を通じて民主的プロセスを経過しながら生まれてきた(例外:共産主義革命の結果、独裁国家が誕生する)。だから、「選挙」と「議会」がないと独裁制政治が復活するという懸念は正しいとはいえない。
ドイツの週刊誌シュピーゲルによると、オットーブレンナー財団が実施した18歳から29歳までの青年層を対象に実施した世論調査で旧東西両ドイツの青年たちは現行の民主主義政治に失望し、強い指導者の出現を願っているという結果が明らかになった。旧東独で26%、旧西独で23%の青年が強い指導者を願っている。すなわち、4人に1人のドイツの青年たちは強い指導者を期待しているわけだ。
なぜ突然、そのようなことを考えたかを以下、説明する。
トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の第2回目の米朝首脳会談が今日(27日)から2日間の日程でベトナムの首都ハノイで開催されるが、前者は民主的な「選挙」で選出された指導者であり、自身の政策、例えば、対メキシコ国境沿いに壁を建設する政策を実施するためには上院と下院の議会で喧々諤々の激しい討論を通過しなければならない。一方、後者は3代続く世襲独裁国家のリーダーだ。任期もなければ、選挙もないから、金正恩氏は自身の政策を100%実行に移すことができる。すなわち、米朝首脳会談は、「選挙」と「議会」の監視と制限を受ける大統領と、「選挙」も「議会」の拘束もない独裁者との会合といえるわけだ。
それでは交渉ではどちらが有利だろうか。前者のトランプ氏は世界最強国家の大統領だ。米国抜きでグローバルな問題を解決できないから、その発言力は絶大だ。しかし、任期4年間が過ぎれば、再選されない限り、その翌日からタダの人。少なくとも前大統領という名誉職に甘んじなければならない。トランプ氏は当然、2020年の後も米大統領の地位を享受したいと願うだろうから、米国民の意向が気になる。選挙に勝利しなければならないからだ。だから、外交ポイントを稼ぐ必要も出てくる。
北朝鮮は国民が3食も十分に食べれないほど貧困に苦しんでいるが、独裁者金正恩氏は核兵器を製造して隣国を脅迫している。金正恩氏にとって自身の金王国を維持することが全てであり、それ以外は2次的な価値でしかない。
「トランプ氏と金正恩氏の交渉でどちらが有利か」の答えは小国で最貧国の北朝鮮にあるといわざるを得ない。国力と巨額の資金を投入して製造した核兵器と長距離ミサイルを交渉の武器に、「選挙」と「議会」という2つの大きな制限下にあるトランプ氏と交渉に臨むわけだ。
米国はその軍事力を使えば北朝鮮を一挙に破壊することはできる。その力を持っている米国の大統領が、国民に3食を与えることができない北朝鮮の独裁者に交渉では守勢を余儀なくされるということは少々理屈に合わないが、強国は民主主義の世界では常に強いとは言えないのだ。
米大統領は過去、北朝鮮と核問題で交渉を繰り返してきたが、北側は交渉で常に旨味だけを得て、核開発計画は継続してきた。そして現在、北は核保有国を宣言している。
実業界出身のトランプ大統領は交渉(ディ―ル)には自信があると豪語してきたが、「選挙」と「議会」の拘束から完全にはフリーでないから、同盟国の安全を脅かす合意を金正恩氏と締結する危険性は考えられる。例えば、長距離ミサイルの破棄と引き換えに、対北制裁の一部解除で両者が合意したとしても驚かない。金正恩氏にとって制裁解除が目的であり、トランプ氏にとっては米国の安全保障が最優先だ。具体的には、北からの核搭載長距離ミサイルの脅威がなくなれば、トランプ氏にとって大きな外交実績となる。
北の指導者が米国の大統領より知恵深く、賢明だからではない。民主主義を標榜する米国の大統領は独裁国家の指導者との交渉では不利だということだ。その主因は、米大統領は民主主義のコントロールメカニズムともいうべき「選挙」と「議会」の洗礼を受けなければならないからだ。独裁者は10年先を考え、民主選出の米大統領は1、2年後の次期選挙に縛られているのだ。
ちなみに、ドイツの青年たちが「議会」と「選挙」で選出された指導者ではなく、それらの制限から自由な強い指導者を願っているのは当然かもしれない。時代の大きな曲がり角に接している今日、時代の要望に応じていくためには「選挙」と「議会」のブレーキを恐れる必要のない強い指導者が願われるからだろう。ただし、強い指導者=独裁者ではないが、強い指導者が独裁者の道を歩みだす危険性は排除できない。古代ギリシャの哲学者プラトンは“哲人政治”を提示し、哲人の教育育成に努力したが、哲人政治の夢を実現できずに終わっている。21世紀の今日、どのような政治形態が求められているのだろうか。大きな課題だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。