「これで良かったんじゃないか」というのが、会談後に流れた「合意に至らず」との速報をテレビ画面で見た筆者の感想だ。長期化は拉致問題解決にはマイナスで被害者家族には辛い。が、トランプは拉致問題の解決を金正恩に提起したと会見で述べた。まことに申し訳ないがご家族には今しばらくの我慢をお願いしたい。
筆者は2月13日に「米朝首脳会談で日本が置き去りにならない理由」と題した投稿で、日本が置き去りにならない根拠に在日米軍の存在と米国が主導してきた国連制裁決議を挙げた。トランプが19日に、次の会談では「最終的には北朝鮮の非核化を目指すが、核実験がない限りは急がない」と述べたことを受けて「米朝外交:新聞が書き漏らしたこと、トランプ談話と米議員決議案」を21日に投稿し、トランプが「制裁は当面継続する」とも述べたこと、そして米国議員団が11日に提案した議案書について書いた。
いずれも、この間ずっと特に左派の識者やメディアが流布する「日本置き去り論」を否定すべく書いたのだが、国連制裁決議の解除条件に中距離弾道ミサイルの廃棄が含まれるからには、大陸間弾道弾や核爆弾の廃棄だけで米国が主導してきた制裁をトランプが解除できるはずがないとの確信が筆者にはある。
トランプも会見で国連制裁決議に触れ、同盟国の手前もあり制裁解除のハードルが低くないことを述べた。コーエン証言を気にする素振りも見せず、矢継ぎ早に発せられる質問にも余裕綽々たる態度で答える頼もしさといい、制裁が続く以上は長引けば長引くほど辛くなる北朝鮮の状況があることと言い、「これで良かったんじゃないか」と思う。
会談の席にはCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)論者で、北に「悪魔」と呼ばれているらしいボルトンもいた。彼の存在も安易な妥協の歯止めに一役買ったはずだ。が、北の席には金英哲の強面もあった。彼の面構えも侮れない。筆者は彼の顔を見る度に、若い金正恩が本当に権力を掌握しているのだろうかと訝しい気持ちになる。
北の豊富な資源の活用などにも言及しつつ、包み込むように金正恩に接するトランプの態度を見ると「俺の言うことを聞けばバラ色の未来が待っているよ」と諭しているように思える。が、それを信じて受け容れたとして、彼が危惧するカダフィやフセインと同じ憂き目に遭うことがない、とは金正恩も容易くは思うまい。
筆者は24日の投稿「日本統治下にあった台湾と韓国、どうして韓国だけ反日なのか」で、ポツダム宣言受諾におけるバーンズ回答へのお言葉を引いて「天皇陛下の国民に対する全幅の信」を書いた。国民も、玉音放送が流れるや350万余の大日本帝国陸海軍がすぐさま武装解除して連合国軍を驚嘆させ、陛下に対する信を示した。
何を言いたいかと言えば、金正恩が国連制裁決議の解除を望むなら、その後の国の形は北朝鮮国民の意思に任せるしかないということだ。彼や取り巻きが我がことのみに執着し国民に背を向け続けるようでは完全な非核化などできまいし、それは制裁が永久に続くことを意味すると心得ねばなるまい。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。