米朝「物別れ」対北・対中、今後の日本の方途を考えた

二回目の米朝首脳会談が物別れに終わった後の2月28日のロイターは、トランプ米大統領がこの交渉後に中国との通商協議について述べたことを以下のように報じた。

トランプ大統領は27日から2日間の日程でベトナムの首都ハノイで北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談を行ったが、北朝鮮が求めた制裁の全面解除は受け入れられないとして、合意は見送った。

トランプ氏は滞在先のハノイで、“いつでも歩み去る用意はできている”とし、“ディール(取引)から歩み去ることを躊躇したことはない。うまくいかなければ、中国とも同様のことをする”と述べた。

ホワイトハウスFB動画より:編集部

やはりトランプの交渉上手は並でない。数多の不動産売買で財を成し超大国アメリカの大統領にまで上り詰めたその交渉能力を外交でも遺憾なく発揮していると筆者は感じる。よろずの取引の決着は双方の目論見の間でなされ、そしてより強くその決着を望む側が譲歩妥協することになっている。トランプにはそのセオリーが身に沁みているように見える。

例えば何かの売り買いで、売り手は100円で売ろうと目論見、買い手は50円で買おうと目論んでいるとする。その場合、100円以上や50円以下で決着することは決してない。そして双方は互いに相手の足元を見合う。売り手の腹の内が最低70円、買い手のそれが精々60円までとすればきっと65円で決着するだろう。「最低」は売り手の目論見-30円、「精々」は買い手の目論見+10円、つまり売り手の譲り代(しろ)の方が大きい。

企業の買収交渉などでは、先ずは公表されているデータから互いのお家の事情を調べる訳だが、そこから的確に相手の足元を見るのは容易でない。データは上場企業の場合なら有価証券報告書や会社四季報、特許情報や業界情報(製品シェア、信用調査etc.)などだ。が、企業秘密も多々あるし、貸借対照表上の資産や負債の時価換算一つとっても相当に複雑で正確を期し難い(とはいえ人の命まで掛かっている訳ではないが…)。

他方、目下行われている米朝交渉、米中交渉の場合はどうか。前者では制裁で北朝鮮が相当参っていることや偵察衛星などのよる核の存在などが明らかである一方、米国には長引いて失うものなどない。後者でも米中の貿易バランスを見れば米国が圧倒的に有利だし、知的財産の盗取や補助金による国営企業の競争力強化など、中国が長年にわたる不法不公正な手段でその経済を発展させて来たことは世界中が知っている。

経済面以外でも、軍事バランスでは中国ですらまだ相当に米国との差があるし、何より中国と北朝鮮には人権問題というアキレス腱がある。米国にも人種問題がある。が、民主主義国家では言論の自由も選挙での投票権も保証される。従い、人権問題の解決と政治体制の変更とが不可分と判る。いずれにせよ米国が有利なのは明らかだが、その解決が中朝の体制にまで及びかねないことがこの問題の難しいところだ。

今朝の朝日新聞デジタルは「北朝鮮外相が深夜に会見、トランプ氏の発言に反論」との見出しでこう報じた。

李氏は、トランプ米大統領が28日の会談後に開いた記者会見で、米朝が合意をまとめられなかった理由に正恩氏が経済制裁の全面解除を要求したことを挙げたことをめぐり、“我々が要求したのは全面的な制裁の解除ではなく、一部の解除だった”と主張した。

が、北朝鮮の李容浩外相の発言は「我々はこう言ったのに相手はこう言った」という類の、問題矮小化と焦点ずらしを例によってしているに過ぎない。ロイターが「北朝鮮の李容浩外相は、北朝鮮は寧辺の核施設廃棄を提案し、その見返りとして制裁の一部解除を求めるという現実的な提案を行ったと説明した」と報じた通り、10を求める相手に1譲って5を得ようとする従来通りの北の交渉術だ。

ワイドショーなどではコメンテーターが“コーエン証言でトランプが安易な妥協が出来なくなった”といった趣旨の発言をしている。が、これを筆者は(証言をこの日に当てた民主党のペロシはどうかしていると思うことは措き)、米交渉団にポンペイオ国務長官やボルトン補佐官を含む意味や国連制裁決議の重さ、米超党派議員が議会に提案した決議案の内容などを考慮しない極めて皮相なものの見方と思う。

この上は、対北では独自制裁の強化と拉致問題の直接交渉、対中では米国と歩調を合わせた諸対応とロシアとの関係強化が日本に求められよう。拉致問題での直接交渉と北方領土問題を抱えるロシアとの関係強化は共に針の穴を通すような極めて困難な途だ。共に米国と連携が欠かせないし、米国と相談した上での日本独自の撒餌が要るかも知れぬ。

兎にも角にも、外交の成功は国を挙げての政権支援の上にしかあり得ないと我々は知らねばならない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。