大阪W選挙(4月7日投開票)の動きが急加速した。複数の在阪メディア各社は10日朝、俳優の辰巳琢郎さんが府知事選の立候補を自民党に打診されていることを一斉に報じた。
大阪知事選 辰巳琢郎氏擁立へ 自民、他党と連携探る – 毎日新聞
筆者も先月、自民党による打診の動きを把握していて、ことの推移を見守っていたが、官邸や二階幹事長の反応を見極め切れないまま、他の仕事で忙殺されているうちに特ダネを逃し、ちょっと悔しい。が、ここまでの取材内容や独自の分析を加えて辰巳さん出馬報道に触れてみる。
“ダダ漏れ”だった出馬説も、世論形成へのリーク?
辰巳出馬説は東京だと急浮上の感もあるが、関西の政治ウォッチャーの間では“既定路線”と捉えられていた。すでにここ数日のツイッターでも一般のネット民の間で出馬説が取りざたされ、維新に近い筆者の知人もSNSで昨日は匂わすなど“ダダ漏れ”だった。実は最初の火元は2月20日にすでに存在していた。スポニチが、イベント出演先の奈良市内で取材に応じた本人がダブル選を話題にしていたことを既に報じていたのだ。
辰巳琢郎 大阪ダブル選出馬“完全否定”せず「さあ、どうでしょうね」― スポニチ Sponichi Annex 芸能
そして、けさからの複数のメディア報道、それもNHKまでが報道したことで辰巳さん出馬が「確定的」なムードになろうとしている。ただし、筆者が関西の政界関係者に最新情報を探ってみると、若干ながら不確定要素も残されている。辰巳さん自身は出馬に意欲を示しているものの、家族の全面同意を取り付けきれていないとの情報がある。(最後に追記あり)
これは政治報道の裏舞台を見てきた経験からの推測だが、出馬ムードを一気に醸成する思惑で、自民党大阪府連の関係者が、たとえば夜回り先に詰めていた各社の記者たちに意図的に漏らすなどした可能性が思い浮かんでしまう。
社会問題に関心のある異例のビッグネーム。あの有名監督の待望説も
とはいえ、そうした推測の適否はさておき、もし辰巳さんが出馬するのであれば、W選挙に全国区の注目を集める効果は確実だ。2011年以後の維新統治下の大阪知事選・市長選で、自民党が担ぎ出す対抗馬としては、断トツのビッグネームなのがこれまでと異なる。
辰巳さんといえば「京大卒」のイメージが強いが、幼少から高校までは大阪で過ごしており、ゆかりは深い。俳優・タレント業の傍ら、近年は社会問題にも関心が深く、政界との付き合いも以前からあった。筆者自身もある選挙プロジェクトの折、クライアントの立ち回り先で偶然お見かけしたことがある。昨年11月も、ある政治家のお誘いでグロービス系のシンポジウム「G1海洋環境・水産フォーラム」に取材に行ったのだが、その際、一般参加者と共に傍聴席から鋭い質問を投げかける辰巳さんに気づいて驚いたものだった。冒頭の写真はその時のものだ。
まさかその4か月後、さらなるサプライズが待ち受けているとは予想だにしなかったが、テレビカメラの映らないところでも地道に研鑽を深めている姿を偶然にも数回見てきたこともあって、政界チャレンジ自体は意外ではなかった。
辰巳さんの安全保障観は存じないが、自民党のリベラル派政治家や旧民主党政治家との接点があったことから、ソフトなイメージ通り、バランスの取れた政策志向ではないかと推察される。おそらく自民府連も公明党から立憲民主党などの左派まで「反維新連合」を組む上で、その辺りを意識しているだろうし、すんなりまとまるのではないか。
実は、関西の政界関係者の間のごく一部ではあるが、辰巳さん以外にも大阪ゆかりのビッグネーム擁立の構想はあった。大阪市出身の岡田武史さんだ。もし岡田さんなら、サッカー日本代表元監督としての知名度・実績だけでなく、FC今治の現役経営者としてマネジメント手腕のアピールにもなり、維新の牙城の一角を崩す現実的な可能性も想起した。
反維新連合が狙うW選「1勝1敗」は引き分けではない
辰巳さんであろうと、岡田さんであろうと、対抗馬は逃れられない「宿命」がある。筆者は今回のW選挙は中立的に見ているが、公平に見ても国政であれだけ安倍首相を罵倒する立憲民主党や共産党などともタッグを組むとなると、維新ならずとも野合批判が出てくるのは確実だ。辰巳さんがこのまま出馬するなら、そこをどう乗り切るかもポイントだろう。
さて、肝心の選挙戦はどうなるか。おそらく自民党の狙いはW選のうち、1勝1敗でも御の字と見ているはずだ。つまり、維新の勢力が手薄な地域もある大阪市外に戦場を広げ、知事選をものにできれば、維新サイドの大阪都構想の推進シナリオに待ったをかけられる。反維新にとっては「1勝1敗」は引き分けどころか政治的に「大勝利」だ。
著名な俳優である辰巳さんだが、グーグルトレンドを使って知事選に回る吉村洋文市長との過去90日間のウェブ検索状況を比較してみた。北海道知事選の記事でも活用したように、検索量から一定の関心の度合いは推し量ることができ、都知事選のようなテレビ選挙では実際の選挙情勢との相関性は強い。
いまのところ、90日間を通じての数値は「17 VS 17」と並んだ。今年に入ってからは、吉村氏がやや優勢のようだが、反維新側としては幅広い層に知られている辰巳さんなら新人候補者としての露出が増えてトレンドが変わる可能性はある。ただし、辰巳さんは、社会問題に関心があって芸能人としては見識が深いとはいえ、候補者討論会や記者会見ともなれば、新人にとっては政策的な知見をどこまで披露し、府民の第一印象をものにできるか最初の試練となる。
なお、大阪市長選の対抗馬擁立は混迷しているようだ。4年前に出た前大阪市議の柳本顕氏はすでに参院選大阪選挙区の公認候補予定者となっている。府連の一部には大阪市民に知名度のある柳本氏の待望論もあるが、辰巳さんに続くビッグネームが出てくるのかも含めて注目したい。
【追記:11日7:15】辰巳さんは10日夜、自民党に出馬断りの連絡を入れた。消息筋によると、先述した通り、家族の反対が根強く出馬を断念したとみられる。