ミスリーディングな文化庁の自民党への説明資料
3月5日付、朝日新聞は朝刊1面で「文化庁の説明『不正確』 賛成意見を水増し、慎重意見は省略?」と題する記事を掲載した(以下、「朝日記事」)。前回投稿の追記で紹介した、「ダウンロード違法化の対象範囲の見直し」に関する緊急声明を発表した明治大学知的財産法政策研究所が、ホームページにアップしたレポートにもとづく報道だった。
緊急声明の賛同者・呼びかけ人有志によって構成されたワーキンググループは、2月22日の自民党文部科学部会・知的財産戦略調査会議(以下、「自民合同会議」)での配布資料の検証レポートを発表した。21ページに及ぶ詳細なレポートは以下のサマリーではじまっている。
• 文化庁は、文化審議会での議論について、
①4人の慎重派委員の意見そのものを省略、
②2人の慎重派委員の主張の重要部分を省略、
③慎重派の委員2名の意見の一部だけを切り取り積極派であるかのように誤導、
④積極派の人数を「水増し」するなどの処理を行っており、議論の正確な状況が伝えられていない。
この後、①~④についてそれぞれ2行ずつの説明があるが、④だけ紹介する。
④積極拡大派の学者委員1名の意見を4つに分けて紹介し、あたかも4名の積極派委
員がいたかのように見せかけている。
レポートは続ける。
・これにより、実際には無限定な対象拡大に積極的な意見は少数派であるにもかかわらず、これが多数派であったような誤解を誘っている。
・政策判断を行う上で、審議会における議論の状況を正確に把握すべき立場である与党に正確な情報が提供されていない点は、立法過程における極めて重大な問題をはらんでいる。
以下、省略。
朝日記事は上記レポートに対する文化庁の説明を紹介している。上記④に対しては「発言者ごとではなく論点ごとに示した。1人の発言にたくさんのポイントがあったため、論点ごとに紹介した」と反論しているが、あまり説得力はない。
昨年の著作権法改正時には、自民合同会議は3回にわたる合同会議で激論の末、文化庁案を了承した。議論となった理由は、最大の目玉だった「柔軟な権利制限規定」について、イノベーションの創出や消費者利益への配慮などに、より前向きな自民党の提言を反映していない改正案だったからである(詳細は前回投稿参照)。今回、たった1回の自民党合同会議ですんなり了承されたのはやや意外だったが、上記のような資料で説明されれば無理もないかもしれない。
昨年の改正時にもあったミスリーディングな説明資料
昨年の改正時の自民合同会議での説明資料にも、ミスリーディングな記述はあった。2018年2月16日の自民合同会議に提出され、その後、ホームページでも公開されている改正案の概要説明資料 の3ページ「審議会における検討」の最初に以下の記述がある。
〇調査結果から、大半の企業や団体は高い法令順守意識と訴訟への抵抗感から、規定の柔軟性より明確性を重視していることが明らかとなった。
文化庁が調査会社に委託して、上場企業3693 社や団体などを対象に実施したアンケート調査の結果などにもとづく説明である(「著作権法における権利制限規定の柔軟性が及ぼす効果と影響等に関する調査研究報告書」(2017年2月 青山社中株式会社)。
日本製薬団体連合会(以下、「製薬連」)は、この調査結果を疑問視している。この問題を検討するワーキングチームに所属する17 社中8社しか調査が届いていないにもかかわらず、届かなかった企業を非回答者扱いしているからである。
アンケート調査の執筆責任者である遠藤洋路 青山社中株式会社代表取締役共同代表は、調査を委託した著作権課の課長補佐も務めた文化庁OB。調査は2016 年度の実施だが、文化庁は2015 年度にも別の調査を同社に委託、2016 年度の調査実施時には過去の実績があればその内容に応じて加点することで、同社に有利な条件を整えた上で競争入札を行い同社に落札させている。
権利制限には慎重だが、権利強化には迅速に対応する文化庁
製薬連のアンケート調査結果を疑問視する指摘は、「知的財産推進計画 2018」・「知的財産戦略ビジョン」の策定に向けた意見募集 に公開されている。製薬連は著作権者の許可を得ないでも文献のコピーを医者に渡せるようにする、患者の生命にかかわるような重要な権利制限規定の審議が、10年以上放置され、柔軟な権利制限規定を導入した2018年の改正でも実現しなかったと指摘。
このため、「知的財産推進計画 2018」・「知的財産戦略ビジョン」では、「権利制限の一般規定として言い表されるような『より柔軟性の高い権利制限規定』の導入を知的財産推進計画2018に盛り込むべきと考えます。」と要望している(詳細は「音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題」(以下、「拙著」Q48参照)。
「柔軟な権利制限規定」を導入した昨年の改正でも10年来の要求が実現しなかったため、「より柔軟性の高い権利制限規定」を要望しているわけである。昨年の改正は、上記のとおり自民合同会議でも議論を呼んだが、イノベーション促進の観点からは不十分な内容だった(詳細は「改正著作権法はAI・IoT時代に対応できるのか?―米国の新技術関連フェアユース判決を題材としてー」『GLOCOM Discussion Paper Series 18-003』参照)。
著作権法の目的は著作物の公正な利用と著作権の保護をバランスさせて文化の発展に寄与することである(第1条)。にもかかわらず文化庁は、公正な利用に資する権利制限には慎重だが、保護強化には迅速に対応する傾向がある。過去の大きな改正の分析もそれを裏付けられる。拙著Q2のとおり、権利を強化する改正の回数は権利を制限する改正の回数の2倍を超えている。
海賊版対策が喫緊の課題であることは疑いない。このため、知財本部でブロッキング(接続遮断)規制を検討したが、議論が紛糾して報告書すらまとめられなかった。ブロッキング規制同様、憲法で保障された表現の自由を侵すおそれのある違法DL範囲拡大を、わずか3カ月足らずの審議で改正案に盛り込むのはあまりにも拙速すぎる。改正案は前回投稿のとおり、十分時間をかけて審議を重ねたリーチサイト規制に絞るべきである。
城所 岩生 国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授。米国弁護士。
東京大学法学部卒業後、ニューヨーク大学修士号取得(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、ニューヨーク州・ワシントンDC弁護士、成蹊大学法学部教授を経て、2009年より現職。2016年までは成蹊大学法科大学院非常勤講師も務める。2015年5月~7月、サンタクララ大ロースクール客員研究員。情報通信法に精通した国際IT弁護士として活躍。最新刊に『音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング)