経済的に厳しい環境にある子ども達に、塾代を支援する仕組み、スタディクーポン。
それが東京都の政策になったことを、3月12日の読売新聞は伝えています。
東京都は、低所得世帯の子供たちを対象に学習塾での受講料の支払いに使える「スタディークーポン」を配布する方針を固めた。都内で生活する東日本大震災の避難者世帯も対象とする方向で検討を進めており、2020年度からの制度実施を目指す。
対象には、進学を希望していても家庭に十分な収入がないため塾に通えない子供のほか、都内の公営住宅や親族宅などに身を寄せている岩手、宮城、福島の被災3県からの避難者世帯の進学を控えた子供も含める。都議会の都民ファーストの会が学習支援の拡充策として導入を求めていた。
都は08年度から、低所得世帯に塾代や受験料を無利子で貸し付ける事業を始めたが、申請時に保証人や被災の証明書類などを用意する必要があり、手続きの煩雑さが課題となっていた。これに対し、クーポンは対象者に一律配布できる利点がある。また、都は塾側の協力を得て子供たちの学習・生活環境の調査も行う方針で、「貧困の連鎖」の解消を図る。
スタディクーポンが生み出された背景
日本は義務教育なので、教育は無償で受けられますが、実際には受験システムが存在するため、塾などの学校外教育がそれを補完している構造になっています。
しかし、親の所得と学校外教育への支出は綺麗に相関しています。
つまり、学校外教育の格差が、学力の格差に紐づいてしまっているという状況です。
子どもは親の所得を選んで生まれることはできないので、これはフェアではありません。
そこで、塾や習い事等の学校外教育に使い道を限定したクーポンを提供することで、学校外教育格差を埋めよう、というのがスタディクーポンの取り組みです。
始めたのはNPO
このスタディクーポン、始めたのは公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)というNPOです。
当初は出身母体となるNPOのいちプロジェクトとしてテスト的にスタートし、実質的なローンチとしては、2011年から法人を設立し、東日本大震災被災地において150名に対しクーポンを配布していきました。
そこでクーポン配布世帯に成績向上等、良い影響が現れた(*)ことから、被災地だけでなく全国に活動を広げていきました。
コレクティブ・インパクト
CFCは僕が当時代表を務めていた社会起業家ネットワーク、「新公益連盟」(新公連)に加盟する団体です。
新公連では、「コレクティブ・インパクト」(行政や企業、NPO等異なるセクターが力を合わせ、定量的な目標等を共有しながら社会的課題解決を行っていくこと)を推進していました。
そこで新公連も力を貸し、東京都において、渋谷区とNPO(CFCとキズキ)と地元の塾や学習支援団体、企業等が結集し、実例を作ろうと2017年9月にクラウドファンディングがスタートしました。
成果と渋谷区での政策化
無事1400万円が集まり、渋谷区の中学生54人にスタディクーポンを配布することができました。
そして、中間結果として64%が春期講習や夏期講習に参加できるようになり、クーポン利用前後で一週間の学習時間が44.9%伸びたことが明らかになりました。
さらに、子どもの学習意欲についても、76.8%の子どもたちにおいて、向上していることが分かりました。
このような成果を受けて、渋谷区が発表した2019年度予算案に「スタディクーポン事業」が組み込まれました。
みんなで集めた寄付から始まった民間事業が、基礎自治体の政策となったのです。
そして東京都の政策に
渋谷区のこの動きを間近に見ていた、渋谷区選出の龍円愛梨都議(都民ファースト)が積極的に後押しし、導入を都に促してくださいました。
また、伊藤ゆう都議(都ファ)も都議会で質問をする等して、政策化に尽力くださったそうです。
その結果、2019年3月12日、東京都はスタディクーポンの政策化の方針を固めました。
学びとまとめ
1つの地域で小さくソーシャルイノベーションを起こし、そのインパクトを定量化し、そこから政策にしてインパクトを面的に広げていく、というNPOの戦略論の教科書のような事例が生まれたことを、嬉しく思います。
そしてスタディクーポンは政策化を見越して、当初より渋谷区行政をコレクティブ・インパクトの輪に巻き込んでいったことが、非常に効果的だったと思います。
何でも自団体だけでやりがちだったり、ちょっとした考え方の違いで反目し合うNPO業界ですが、スタディクーポンのコレクティブインパクト事例を見ると、志を同じくするNPO、行政、企業がそれぞれの強みを生かして成果を出すことで、大きくそのインパクトにレバレッジを効かすことができることが分かります。
そして今後は、この東京都の政策が現場に落ちる時に酷いものにならないよう、しっかりウォッチしていきつつ、手を挙げた実施自治体をサポートしていくことが必要になるでしょう。
また、都内での成果を定量的に分析し、効果検証も必要になってこようかと思います。
そうしたデータが出てきたら、制度的に改善を行い、国政レベルで広がっていくことを後押ししていけたら、と思います。
子どもの貧困の連鎖を断ち切るために。
こうしたソーシャルイノベーションがもっともっと広がることを、願ってやみません。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2019年3月15日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。