5年前の拙稿2本を読み返し、改めて思う石破氏を評価できない理由
とうとう石破茂総理大臣が誕生する。9月27日に行われた自民党総裁選で勝利したからだ。政権与党の代表が総理大臣になるのが我が国の慣行である。「とうとう」としたのは、石破氏が6度目の挑戦だったことでもあるが、「残念ながら」という筆者の落胆の意を表したかったからだ。
筆者は19年3月と9月に石破氏のインタビューとブログを読み、本欄にそれぞれに対する異論を2本、すなわち「石破先生のこのお話ってどうなの?」と「『韓国の悲劇』とドイツの戦後賠償:石破茂氏に異論あり」と題して投稿した。
テーマは1本目が「安倍首相は喧嘩腰?」「北方領土」「(人材登用について)国民に対して丁寧に説明するプロセス」「石破4条件」であり、2本目が「韓国問題」「ドイツの戦後補償」である。どれも、筆者には石破氏のお考えが余り深くない様に思われた。
韓国『東亜日報』は9月30日、早速「『空気を読まない』石破氏、岸田氏より難しい」との記事を掲載した。が、石破氏は朝鮮半島に宥和的であるはずだと、筆者は思う。そんなこともあり、この機会に再掲載をお願いした次第。(2019年3月17日の記事の再掲載)
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JB Press3月14日版掲載の『石破茂氏激白「私が言うべきことを言い続ける理由」』というインタビュー記事を興味深く拝読した。
筆者如きが石破先生のお話に異論を差し挟むなんてどうか、とも思った。が、ご自身が「多様な意見をいろいろなところで伺って、自分の中で咀嚼・消化し、議論をするために国会議員は存在している」と述べておられるのでいくつか筆者の考えを述べてみる。
安倍首相はケンカ腰?
「安倍首相は国会でも野党からの批判に、敵意むき出しで応戦している。…安倍政権になって政治家の質が変わったのか」との問いに先生はこう答えている。
私は今まで長く国会に議席をいただいて、中曽根総理から現在の安倍総理に至るまでの総理総裁を見てきましたが、その中でも現在の安倍総理のアプローチはかなり異質ではあると思います。ただそれは、安倍先生が総理になって突如としてそうなったのではありません。安倍先生は小泉純一郎内閣で官房副長官だった当時、山口新聞のインタビューで『野党に親切である必要は全くない。ケンカ腰でやるくらいの方が国民に対して誠実だ』と答えられています。つまり、安倍総理はもともとそういうスタイルであり、それを総理になってからもずっと踏襲されているのだと思います。
筆者は偶さか3月14日の『小西vs横畠:両方カッコ悪かった』で野党議員の喧嘩腰を難じたので、あらまっ、と。筆者は安倍総理が異質の喧嘩腰と思わないし、昔はバカヤロー解散した方さえいた。総理は声を荒らげる訳でもなく暴言を吐く訳でもないが、類い稀な皮肉屋とでもいおうか、揚げ足の取り様に棘があるので相手が余計癪に障るのだろう。が、あれを喧嘩腰とは普通は言わない。
「北方領土など」
先生はこのインタビューで北方領土返還交渉について以下のように述べ、また2月16日の本サイトの『北方領土など』でも同様の趣旨を述べておられる。
日ソ中立条約、ヤルタ協定、ポツダム宣言、サンフランシスコ条約、この4つを国際法的に正しく理解すれば、日本が主張すべき領土が「四島」であるのは当然です。ですから日本は、「ソ連の継承国であるロシアの主張は、国際法的に見て間違いである」と主張しなければなりません。「四島返還断念」などはもちろん安倍総理もまったくお考えになっていないと思いますが、法的根拠を踏まえない交渉だと思わせることのないよう、留意が必要です。
この問題でも偶さか筆者は先生の文章を全く知らず2月18日に『台湾と千島、その法的地位』を投稿した。先生は「この4つを国際法的に正しく理解すれば、日本が主張すべき領土が「四島」であるのは当然」と述べられる。が、筆者の考えは少し異なる。
筆者の論は、「千島列島に含まれない日本固有の領土は日本に返還されるべきだし、日本固有の領土に歯舞・色丹が含まれるのは明らかだ。が、国後・択捉もそうだというには議論の余地がある」というもの。つまり歴史的にも国際法上もそう単純でなく、だからこそ交渉が長期化しているとの考えだ。日ソ中立条約破りの件も今さらで、日露戦争や真珠湾での奇襲を言い返されるだけだろう。
国民に対して丁寧に説明するプロセス
次は安倍総理の人材登用、石破先生はこう述べておられる。
小泉総理は、誰を起用するかについて、好き嫌いや、派閥の理論ではなく、小泉内閣のために誰が「使える」か、という視点で判断されたんだろうと思います。安倍総理も、もちろん内閣の布陣は適材適所で選んでおられるでしょうし、今の日本に最もふさわしい人材を用いているのだと思いますが、それを国民に対して丁寧に説明するプロセスがもう少しあってもいいのではないかと思います。
内閣の布陣について総理は適材適所かまたはそれに類することの他は語る必要がないと筆者は考える。国民に対して丁寧に説明するプロセスも必要ない。その種のことが要るとすればそれは組閣の時と大臣の失言やミスがあった時に違いない。が、前者は予防線張りと、また後者は弁解と受け取られよう。それをすべきと考える感覚自体がどうかしていまいか。
さて、以上は見解の相違の類であっていわばどうでも良い話だ。が、これだけはそうはいかない。それはいわゆる「石破四条件」だ。国民に対して丁寧に説明するということなら、国民の多くがこの件で石破先生がまだそれをなさっていないことに大きな不信感を懐いていることのご自覚がないらしいので、ここで申し上げておきたい。
石破四条件の中身は筆者も一家言ある。が、それは先生も述べておられる通り閣議決定を経たものなのでここでは措く。問題は中身ではなくて2015年7月10日(閣議決定の10日後)に行われた「全国獣医師会事務・事業推進会議」の議事録にある北村直人日本獣医師政治連盟委員長から活動報告だ。以下にかつて獣医師会のサイトにアップされていた記事を2本引用する。(太字は筆者)
……日本獣医師政治連盟として、今まで新しい獣医師養成大学・学部の設置については反対をしてまいりましたが、本件について最終的に先日閣議決定がなされました。骨太方針あるいは成長戦略という言葉をニュース等々で皆様も目にされたと思います。その中に、本当に小さく獣医師養成大学・学部の新設に関する検討という項目が出てまいります。(中略)
3つの条件が付いています。つまり、新しい大学を作りたいところが既存の獣医師養成機関でないという構想が具体化すること、次に、獣医師が新たに対応すべき分野の需要の養成があるということが2つ目、かつ、16獣医学系大学で対応できない場合ということが3つ目の条件となりますが、その獣医師養成の大学・学部の新設の可能性はこの3つの条件によりほとんどゼロです。16獣医師系大学で対応できない獣医師はいない訳ですから、現在の獣医師学系大学でこれらができるということは当然です。石破担当大臣と相談した結果、最終的に「既存の大学・学部で対応が困難な場合」という文言を入れていただきました。
ただし、今後もこの問題は尾を引いてくると思います。つまり、日本の最高権力者である内閣総理大臣が作れと言えばできてしまう仕組みになっておりますので、こういう文言を無視して作ることは可能です。(中略)最終的には、今回の獣医師養成大学・学部の新設については、どこを読んでもこれを覆すような状況は一つも見当たらない。つまり、新しい獣医学系大学・学部の設置はできないということが今回の骨太方針、成長戦略の文言に書いてあると考えております。
もう一本は2015年9月10日に行われた日本獣医師会第4回理事会の議事概要にある、前と同じ北村直人氏からの日本獣医師政治連盟の活動報告だ。
昨日、藏内会長とともに石破茂地方創生大臣と2時間にわたり意見交換をする機会を得た。その際、大臣から今回の成長戦略における大学、学部の新設の条件については、大変苦慮したが、練りに練って誰がどのような形でも現実的に参入は困難という文言にした旨お聞きした。このように石破大臣へも官邸からの相当な圧力があったものと考える。しかし、特区での新設が認められる可能性もあり、構成獣医師にも理解を深めていただくよう私が各地区の獣医師大会等に伺い、その旨説明をさせていただいている。秋には内閣改造も行われると聞いており新たな動きが想定されるが、政治連盟では,藏内会長と連携をとりながら対応していくので、各位のさらにご指導をお願いしたい旨が説明された。
この報告を読む限り筆者は、石破先生が獣医師会の意を受けて「練りに練って誰がどのような形でも現実的に参入は困難という文言にした」と断ぜざるを得ない。なので、先生も閣議決定されたものだ、などと逃げを打たずに、北村氏の報告が嘘なら嘘と明確な証拠を以って国民に対して丁寧に説明するプロセスが今からでも要るように思う。
先生はこのインタビューの最後をこう述べて結んでおられる。が、筆者はそのお言葉をそのまま先生にお返し申し上げたい。
私自身は、国民に正直に誠実に真剣に向き合うということを一番の政治信条にしていますし、自民党も本来そうあるべきだと思っています。安倍内閣の姿勢がこれと異なるように感じられるとすれば、とても残念だと思いますし、そうならないように発言し続けているつもりなのです。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。