ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチにある2つのイスラム寺院(モスク)で15日、銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷した。NZ当局によれば、主犯は白人主義者でイスラム系移民を憎む極右思想を信奉する28歳のブレントン・タラント容疑者(Brenton Tarrant)。他の2人も共犯の疑いで逮捕された。
タラント容疑者はオーストラリア出身で、NZに居住した後もトルコ、ブルガリアなどバルカン諸国を旅していることが明らかになっている。容疑者が使用した半自動小銃など5丁は2017年11月に銃保有の免許を得た後、合法的に取得している。
当方は15日、CNNとドイツ語ニュース放送NTVで事件をフォローした。以下、NZの犯罪史上最大のテロ襲撃事件について、欧州で起きた過去のテロ事件を振り返りながら考えた。
① 容疑者は犯行前に74頁の長文の“マニフェスト”をネット上に流した。同容疑者の言動を見ると、2011年、ノルウエーのオスロで77人が殺害されたテロ事件、アンネシュ・ブレイビクを思い出す。彼は2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。
当時32歳の容疑者の大量殺人事件はノルウエーの政情ばかりか、欧州の政界にも様々な波紋を投じた。ブレイビクも犯行前、マニフェストを公表し、そこでオランダの極右政党「自由党」やオーストリアの自由党の反イスラム教、反移民政策を評価している。一方、タラント容疑者はマニフェストの中でドイツのメルケル首相、トルコのエルドアン大統領を名指しで批判し、イスラム教徒の移民を擁護しているとして処刑を呼び掛けている(「オスロ大量殺人事件の政治的影響」2011年8月1日参考)。
興味深い点は、ブレイビクもタラント容疑者もマニフェストの中でオスマン・トルコのウイーン侵攻(1683年)に言及し、イスラム教の拡大に強い脅威を感じていることだ。両者ともキリスト教の白人社会を守るテンプル騎士団の騎士を自負している。
② タラント容疑者はイスラム教にとって重要な「金曜礼拝」の日を選び、モスクを襲撃した。同じように、フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で2016年7月26日、2人のイスラム過激テロリストが礼拝中のアメル神父(当時85)の首を切り、殺害するというテロ事件が起きている。テロ襲撃時、教会は慣例の朝拝中だった。
2人のテロリストは礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。同事件はカトリック教国のフランス全土に大きな衝撃を与えた。ちなみに、イスラム教テロリストに殺害されたアメル神父はその後、フランシスコ法王によって殉教者として列聖されている(「仏教会神父殺害テロ事件の衝撃」2016年7月28日参考)。
テロリストが教会やモスクを襲撃するのは、他の場所を襲撃する以上に大きなインパクトを与えるからだ。イスラム教テロリストはキリスト教会を襲撃し、キリスト教を信じる白人テロリストはモスクを襲うことで相手の信仰を抹殺するという強烈な憎悪のメッセージを配信できるからだ。
③ タラント容疑者はNZに居住した後もブルガリア、トルコ、ハンガリーなどバルカン諸国を訪問している。欧州では2015年、100万人を超えるイスラム系難民・移民が中東・北アフリカからバルカン・ルートを経由して殺到した。その結果、欧州社会ではイスラム・フォビア現象が出てきた。
NZのイスラム教徒の数は人口の1%にも満たない約5万人に過ぎない。すなわち、タラント容疑者の周辺に多くのイスラム教徒が住んでいたとは考えにくいのだ。同じことが、ノルウェーのブレイビクの場合も言える。ブレイビクはイスラム教の北上を恐れ、キリスト教を守る騎士のような思想を信奉していたが、ノルウェーのイスラム教徒の数は人口の2%に過ぎない。しかし、タラント容疑者やブレイビクの憎悪はイスラム教徒に向けられていったわけだ。
ポーランドにはユダヤ人がほとんどいない。にもかかわらず、同国では反ユダヤ主義傾向が欧州の中でも強い。まるでユダヤ人の亡霊が住んでいるようにだ。同じことが、ひょっとしたらNZやノルウェーでもいえるのかもしれない。インターネットで世界は文字どおり地球村となってきた。社会のグローバル化が様々な「亡霊」を運ぶのだろうか。
④ タラント容疑者は犯行前、ヘルメットにビデオ・カメラを設置し、17分間の動画を撮影している。通常のテロリストは犯行声明は出すが、自身の犯行を可能な限り隠蔽しようとする。同容疑者の場合、逆だ。その行動には強烈なナルシストの匂いがする。自分の言動を歴史に刻み込みたいという思いすら感じる。ブレイビクもナルシストだった。裁判で手を挙げ、キリスト教社会を守る騎士のような振る舞いをしている。
心理学者が「現代のポップソングには『私』が頻繁に飛び出す一方、『私たち』という言葉は少なくなった」と指摘していたことを思い出す。最大の関心事は「私」に向けられている。時代は多くのナルシストを生み出す。少々理屈っぽくなるが、タラント容疑者やブレイビクの場合、単なる「私」1人のナルシストではなく、反イスラム教で結束するキリスト者「私たち」を導く「私」という自己陶酔というべきかもしれない。
参考までに、タラント容疑者はマニフェストの中で「自分の政治的、社会的価値観に最も近い国は中国だ」と書いている。容疑者は中国西部に住むイスラム教徒の少数民族ウイグル人を弾圧する中国共産党政権に共感を覚えているのだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月17日の記事に一部加筆。