北朝鮮に追従する韓国政府にメディアが放つ正論

鈴木 衛士

まず、3月22日に配信された韓国紙「中央日報」の社説を以下に紹介する。

東シナ海での「瀬取り」が疑われる北朝鮮船籍のタンカー(左)と船籍不明の小型船舶= 1月18日(防衛省サイトより:編集部)

なお、記事の中の注目すべき点については筆者が太字に変換した。

米沿岸警備隊所属の駆逐艦(4500トン)級警備艦「バーソルフ」が韓半島(朝鮮半島)沖に配備され、北朝鮮の「瀬取り」(海上での物資積み替え)取り締まりに入ったことが確認された。

米国のインド太平洋司令部が「バーソルフ」配備を明らかにした時点も注目される。2017年に60件ほどだった瀬取りが昨年は約130件と倍以上に増え、うち10件ほどを韓国軍が摘発したものの情報保護を理由に公開をためらってきた事実が明らかになった直後であるからだ。

それだけではない。米国は19日にB-52爆撃機をカムチャツカ半島近隣まで展開したのに続き、20日にはコーツ米国家情報長官が訪韓して文在寅(ムン・ジェイン)大統領に会った。

このような米国の動きが投げかけるメッセージは明白だ。ハノイ米朝首脳会談の決裂以降、北朝鮮に海上封鎖レベルで制裁の手綱を引き、「完全な非核化」に応じさせるという意志の表れということだ。

北朝鮮はこうした状況を重く受け止め、米国の「ビッグディール」要求に応じて交渉を再開しなければいけない。対話をやめてミサイル発射再開のような強硬姿勢を選択すれば、これまで金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が見せてきた「平和工程」のイメージは一瞬にしてに蒸発し、強まる制裁の前で苦痛がさらに深まるだけだ

韓国政府も冷静な対応が求められる。米国が韓国沖に沿岸警備艦まで派遣したのは、韓半島沖の北朝鮮船の瀬取り摘発に韓国が消極的だという不信感を抱いていると考えられる。

今からでも政府は国際社会の対北朝鮮制裁基調に歩調を合わせて米国の信頼を取り戻し、北朝鮮には誠実な核放棄だけが体制の保証と経済支援をつかむ道であることを粘り強く説得する必要がある。

中央日報「【社説】米先端警備艦・国家情報長官が出現した意味を直視すべき=韓国」より抜粋

以上のように、韓国のメディアが南北情勢を冷静に分析してこのように政府に正しい提言をするのは大変好ましいことである。最近の韓国政府は北朝鮮問題や対日問題で迷走した言動を繰り返しているので、これに対して政府を批判することの多い韓国メディアがまともな論調を張るようになったようにも見える。

特に、記事の中の瀬取りの件数の急増などに関する指摘については、韓国の保守系野党議員が韓国合同参謀本部から入手した情報に基づくものであり、これについては、20日の「朝鮮日報」による以下の配信記事をご覧いただきたい。

保守系野党・自由韓国党の白承周(ペク・スンジュ)議員が韓国軍合同参謀本部から直接報告を受けた内容によると、北朝鮮船舶による違法な瀬取りは2017年には年間60数件だったのが、18年には130件以上にまで増加していた。これは単に「疑われるケース」ではなく、韓国軍が収集した通信、衛星、情報などに基づいた数字だという。

違法な瀬取りはこれまで主に東シナ海で行われてきたが、実は西海(黄海:筆者追記)でも同じように行われていたことも分かった。韓国軍関係者によると、韓国の港に近い西海(黄海)上で違法な瀬取りが行われ、これが摘発されたケースも実際に確認されているという。

上記の韓国軍関係者は「違法な瀬取りに関する情報が入れば、海軍が出動して証拠の収集に乗り出し国防部(省に相当)に報告する」「ただし公海上で民間の船舶が行っている行為を韓国軍は強制的に検問しない」などと説明した。

ただし韓国軍は情報源の保護と流出防止などを理由に北朝鮮による違法な瀬取りについて一般には公表していない。白議員は「米国や日本などは安保理決議に違反した北朝鮮による違法な瀬取りの様子を撮影した写真を公表し、国際社会に注意を促しているが、韓国国防部と合同参謀本部は全くそうしていない」「これは政権の顔色をうかがう行為に他ならず、北朝鮮の核とミサイルの脅威を除去するための安保理決議にあいまいな態度を取り続けるのと何ら変わりがない」などと指摘した。

朝鮮日報「北の瀬取り疑惑事例130件超、ここ1年で2倍に」より抜粋

韓国の国会議員には軍を退役した元高級将校が多く存在するが、彼らは合法的に軍事機密に接することができる仕組みになっているようで、このような貴重な情報が合同参謀本部などから入手できたのであろう。

というよりは、北朝鮮を追従する文政権に不満を感じている韓国軍の高官が、野党議員に関連情報をリークしてこれをメディアに取り上げるよう作為しているようにも見受けられる。

いずれにせよ、結果的にはこのような形によって、ややもすると北朝鮮の便宜供与を隠ぺいしようとする韓国政府へのチェック機能をメディアが果たすことができるのであれば、まだ韓国は国家として健全であるといえよう。

引き続き、保守系野党とメディアはタッグを組んで暴走しつつある韓国政府をまともな道へ引き戻すための舵取り役を担ってもらいたいものである。

鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。