大阪の“知事・市長クロス選”は日本再生の分かれ目

大阪の松井知事が市長選に、吉村市長が知事選に立候補するいわゆるクロス選挙。これに対し、全国メディアや識者はけっこう冷たい。民主主義に反する、権力者のエゴ、延命行為だと批判する。確かに前例のない奇策かもしれない。だが世界の政治の歴史は異例の連続だったし、それが新たな時代を開いてきた。識者に嫌われるトランプ大統領は奇策の連続で、支持率は低くないし安倍さんの4選だって党の3選ルールに照らせば非常識だが実益あれば実現するだろう。

筆者撮影

私はクロス選挙に勝利すれば、大阪は都市としてのレベルが格段に上がり、大転換を遂げる気がする。そこで既成政党が惨敗すれば自公連立やマンネリの政党運営も変わるかもしれない。「大阪維新」は中央からの補助金に依存せず、既得権益を排して地域を自立させていこうという革新的政治集団である。その躍進はもしかしたら日本全体に変革の動きをもたらすかもしれないし、逆に今回、負ければ日本は衰退の一路をたどるかもしれない。それくらい私は大阪の選挙に注目している。

そもそもクロス選挙は適法だしルールを変えるものでない。私は外資系企業でながらく仕事をし、世界120か国を旅してきた。この程度の奇策であそこまでブーイングをくらうのは日本くらいだろう。背景には度し難い日本の保守性と識者たちの「変革」への強い忌避感があると思う。つまり中央の政治家や識者たちの“反維新心情”の根底には「変われない、だめな日本」の業を見るような気がする。だからこの問題は掘り下げたい。

筆者は、今回のクロス選は全く問題がない、それどころか政治的にも行政的にも素晴らしい妙案と考える。理由は3つある。

大阪の課題解決には知事と政令市長のクロスが現実的

第1に大阪が抱える課題を解決する上では知事経験者が大阪市長経験者であり、逆もそうであることほど有効な「人事」はない。

かつて橋下氏は知事を経験して大阪市長になり、知事時代の知見を活かして大阪市役所の大改革に挑んだが今回はそれがダブルで徹底してやれる。極めてパワフルな人事案である。

筆者は大阪府と大阪市の特別顧問として両者の課題を見てきたが、今の大阪の大きな政策課題は「府市連携」を前提とするものが多い。たとえば、南海トラフ地震対策は、かつてのように大阪市と大阪府が対立していると進まず、人命にかかわりかねない。長年、調整できていなかったなにわ筋線や淀川左岸線の建設でも府と市の譲り合いがないと工事は進まない。医療は府庁が介護は市役所が担うが、昔のように両者が対立していると病院から介護施設への連携などきめ細かな対応ができない。消防もそうだ。東京では東京消防庁が全域をカバーするが大阪では市町村別に組織が運営され非常に非効率である。知事と大阪市長が音頭をとって府下の各市町村の消防組織を支援し、目配りしていく連携体制が必須である。

水道も同じだ。東京では東京都水道局がワン水道を実現している。しかし、大阪では特に中小の市町村が老朽化した管路を抱え技術者不足に直面しており、最近、大阪市と府が連携して動き始めた市町村連携(広域化)が必須である。

要するに、大阪には東京の識者には想像もつかないほど深刻で多種多彩な府市連携課題がやまほどあるのだ(詳細は大阪府の副首都推進本部会議の議事録を参照)。

クロスは維新の会が府民に打診する“人事異動案“

クロス選がよいと考える理由の第2は、クロス選を仕掛ける主体が「大阪維新の会」という地元のしっかりした与党であるという点である。同会の方針に沿って仕事をするのでクロスしても安定性、継続性に全く不安がない。

これがもし仮に、たまたまはずみで当選したタレント出身知事などがどこかの市長と結託し「俺たち二人とも実績もないし任期が切れたら落選だなあ。任期切れを待たずに立場を入れ替えて(残り4年任期を確保して)W選に打って出よう」と決めて仕掛けたクロス選なら悪質かもしれない。

しかし今回の担い手は「大阪維新の会」というしっかりした組織である。同会はもう11年間も大阪府(大阪市では8年弱)の政権運営をしてきた。その政策は極めて具体的で革新的である。すなわち組織的な既得権益の排除、バラマキ排除と行政スリム化、行革で浮いた原資を投資に回し大阪を成長させる、二重行政を打破するなど基本戦略も原理原則も明確である。維新の会の政治家の政策は共通している。ある種の原理主義政党だから知事が市長に、市長が知事になっても政策の中身に大きな変動はなく、むしろ維新の政策としての継続性が期待できる。

しかも候補者の松井・吉村の両氏は「大阪維新の会」をベースに実績を上げてきた。松井氏は府議会議員から2011年に知事になり8年弱の実績がある。吉村氏は大阪市会議員、衆議院議員を経て大阪市長になり、4年弱勤め上げてきた。要は二人とも大自治体の首長を経験し議員もやった。政治家、行政の長として十分すぎる経歴である。しかもふたりは連携して万博誘致に成功し、府立と市立の大学統合にも成功した。その他、橋下徹氏が知事、市長の時代に洗い出された地下鉄民営化、市立病院の赤字削減、待機児童の解消などの各種課題をほとんど解決してきた。

吉村・松井コンビの継続はもちろん大阪都構想の住民投票への再挑戦に必須である。しかしそれ以前に目の前の大阪の政策課題を解決していくうえで最高のコンビである。クロス選は、地域政党「大阪維新の会」が大阪をさらに良くするための次の一手、“人事異動案“の府民への提示なのだ。

統治機構の改変に奇策は常道

クロス選を支持する理由の第3は、選挙制度を含む政治制度は、すべからく現行の秩序と権力構造の安定維持を目的としたものであり、それを変えたい挑戦者たちが合法的な「奇策」を使うのは政治の常識という点である。

政治とは秩序形成を巡る権力闘争であり、統治機構や選挙制度は権力闘争に勝った勢力が安定基盤を維持するために構築したものである。新しい秩序を造りたい勢力――今回の場合、大阪の自立的成長と自治能力を高めたい地域政党――がそれを変えたいと考えるのは当然だし、そうなると既存の中央集権の権力構造と秩序を再構築しようとするのは必定である。その手段は大昔なら戦争や革命だが、今は選挙で勝って議会で法令を変えていくしかない。そのためには現行制度の枠内で違法でない限りは、ありとあらゆる手段を使っていくのは当然であり、クロス選もその一つと考えていい。

地域政党と中央政党の利害は正面から対立

確認しておきたいのは「大阪維新の会」は既成政党ではない、大阪で草の根から生まれたベンチャー政党であるという点である。同会は地元大阪の改革と経済成長、それを持続させる手段としての「大阪都構想」の実現を至上命題とする。経済を立て直し、大都市でありながら国からの地方交付税に依存する現状を脱したいと考える。

そのためにこれまで関西空港の再生(伊丹の民営化と経営統合)や教育への投資増強、特区を使った規制緩和、IRと万博の誘致などを進めてきた。要はひたすら大阪をよくしたい。そのためには現行法で決められた全国一律の都道府県や市町村の枠組み、あるいは税制は変えて当然と考える。「大阪のため」「地方主権の実現のため」には国から地方への税財源や権限の移譲も必要だと考えるし、時代遅れの地方自治制度は抜本的に見直すべきと考える。要は少なくとも地方自治に関しては現行制度の維持を前提としない。

一方、既存政党はその成り立ち自体が中央集権的である。与野党を問わず、中央の利益を地方に分配することで生きてきた。自民公明共産などすべてが本部を中央に置く。そして「中央」の指令で地域支部は動く。大阪府議会、大阪市議会の各会派も同じで「大阪」より前に「中央」の利害が先に来やすい。

既成政党の場合、保守も革新も目標は「中央」での政策実現と衆参両院での議席数の最大化におかれる。そのうえで地方への利益配分を考える。したがって特定地域の再生や地方自治制度の手直し、分権改革などは数ある課題の一つでしかなく、決して至上命題ではない。一国多制度などはもってのほかだろう。この点で地方政党「大阪維新の会」と既存政党は政策の優先順位で、内容で、また改革の必要性の認識レベルでも全く相いれない。

今、大阪で起きているのは「中央政党(自公から共産まですべて)」と「地域政党である大阪維新の会」という2つの全く異なる政治集団の激しい権力闘争である。

前者は大都市の大阪も中央政治への依存のもとに置こうと考える。大阪の経済の自立や再生にはあまり興味がないし、それができると思っていないし方法も考えていない。大阪府も大阪市も全国の各地方のひとつと位置づけ、衰退と地方交付税への依存が続くことを前提に、自分たちが中央から補助金を獲得して各種団体に配分し、選挙では組織票を獲得することを考えがちだ。

今回の選挙でも飴玉として学校給食や敬老パスの無料化を市民に訴える。これは一種の愚民政策で甘言を弄し、補助金をネタに維新政治を排除しようとする。だが財源の裏付けはない。また彼らが”大阪を取り戻そう”と主張する戦略の中身が見えない。そして何を取り戻そうとするのか明言しない。これではへたをすると中央からの補助金で存続する地方都市への転落シナリオとなる。

(注)地域政党「大阪維新の会」から国政政党「日本維新の会」が生まれた。前者は後者の傘下にあるわけではない。たとえていえば「大阪維新の会」が本家で分家が「日本維新の会」である。

ベンチャー政党は、常に代替策を考え目的を完遂する

ベンチャーは企業でも政党でもアグレッシブだ。目標達成のためには制度改正だろうが合従連衡だろうが何でも探求し、ありとあらゆる手段を考える。このあたり既存の秩序の上に乗っかって安定している既存政党(中央政党)や大手メディアとはDNAが根っ子から違う。ベンチャーの場合、守りに入ったら負けだし、失敗や敗退であきらめるなんてありえない。

そもそも今までが奇跡と奇策の連続だった。もともと住民投票で東京以外でも都区制度を導入できる制度はなかった。維新の会はそれを与党に働きかけ、法改正(特別法制定)を勝ち取った経緯もある。だから住民投票に負けたら負けたで、次の起死回生策を必死で考える。たとえば、あくまで頭の体操として提示するが、負けたら次のアクションとして次の3つが考えに上って当然だろう。

A. 前回の住民投票では大阪市と大阪府を統合するのに府議会と大阪市議会の議決に加えて、大阪市民の住民投票が必要とされた。しかし本来は府民全体が住民投票に参加すべきではないか。確かに大阪市を解体して特別区にしていいかを大阪市民に聞くというのはわかるが、府民にも大阪市を統合してもいいか、聞くのが筋ではないか。もしかして住民投票の法規定を変えられないか?そのうえで再挑戦できないか?

B. そもそも住民投票がどこまで必要なのか?大阪市の事務事業は大阪府と新たに設置される特別区に引き継がれる。住民サービスが消えるわけではなく供給体制が変わるだけだから府議会と市議会で議決すればことたりるのではないか(ただし、これは法改正の時に一度検討され、放棄された考え方であり、再度、これに沿った法改正をするのは事実上不可能。また2015年に住民意思をいったん聞いた以上、聞かずに進めるのは民主主義にもそぐわない。ただし政府において過去に検討された理論的選択肢なので一応書いておく)

C. 今の制度の下でもう一度、住民投票に挑戦をする。ただしそれまでには府と大阪市が連携すればいろいろなことが進むという実例と成果を住民に体感してもらい、説明にも工夫を凝らし、2015年当時よりも深い理解を得たうえで再度、判断をしてもらう。

“バーチャル府市統合”の成果が浸透

さて、Aの探求は難しいし、やるとしても法改正を伴う。タイミングも少し先の再挑戦となるだろう。Bは現実味がないから今、維新の会が探求するのはCである。

前回の住民投票では、まだまだ都構想の意義が感じにくかった。しかし、住民投票から半年後のW選挙で松井知事と吉村市長が当選し、府市連携がさらに進んだ(いわゆる“バーチャル府市統合”)。たとえば府市連携で空港アクセスに予算を投じるスタンスを示せば、それに呼応してJR西日本や南海電車、阪急電車などが投資計画を発表し、なにわ筋線や新大阪から十三などの新線計画がでてきた。府市が足並みをそろえ、万博が誘致できたし、不良債権化していた夢洲の開発も再開できそうだ。府市の大学統合も決まったし、モノレールの延伸も決まった。広域行政とは何か、府市連携を続ける必要性が広く府民と大阪市民に理解され始めている。

“大阪ならでは”の課題に“大阪ならでは”の解決策

以上、述べてきたように大阪維新の会の発想と構想は既成政党からの類推では理解しえない。

大阪には長年の二重行政がもたらした経済の停滞、行政の遅れ、府市の感情的対立など東京人には想像できない課題がある。「大阪維新の会」という地域政党はその上に編み出された「戦略」であり、「イノベーション」である。

だから中央の現行秩序の上に成り立つ既成政党や全国メディアは違和感を覚える、あるいは自分たちの存立基盤を脅かす存在に見えるのだろう。

だが、日本は国全体が沈没するタイタニック号のようなものである。そのデッキの上で既存政党の政治家や識者、大手メディアはのんびり碌をはむ。これに対して「大阪維新の会」は府民に「目覚めよ」「大都市として経済を自立させよう」と語りかける。もしかしたら「大阪維新の会」は、大阪において、そして全国のリーダーに対して火災報知機のような役割を果たしているのかもしれない。

私が敬愛する故郷大阪の先輩、故堺屋太一氏は「大阪は炭鉱のカナリアみたいなもの。日本がだめになると真っ先に(有毒ガスを吸って)倒れる」「いい時も悪い時も日本は大阪から動き始める」という名言を残された。今回の選挙は大阪の未来を賭けた戦いだが、東京と全国も決して無縁ではない。日本人の覚醒を促すラストチャンスがこれかもしれないのである。


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏(大阪府市特別顧問、愛知県政策顧問)のブログ、2019年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。