スポンサー契約が足かせか
20年の東京五輪を控え、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田会長が6月に退任することを表明しました。大会招致に絡む不正疑惑でフランス司法当局の捜査を受けており、仏当局に拘束されかねないため、海外出張にも行けず、JOC会長の職責を果たせなくなっているからです。
主要紙は一斉に社説で取り上げました。「危機感欠如のJOC」(朝日)、「退任の決断はやむお得ない」(読売)、「自らを律する新執行部に」(毎日)、「JOCは解体的な出直しを」(産経)、「遅すぎた退任表明」(日経)と、厳しい指摘が並んでいます。事前は無言で通し、退任発表の途端、「遅すぎた」というのは報道としての責任回避あたり、社説の叫びがむなしく聞こえてくる。
仏当局の捜査開始の発表は16年5月で、JOC側(東京五輪招致委員会)がコンサルタント会社に払ったカネの一部に賄賂の疑いがあるということでした。さらに18年12月、仏当局は竹田会長から事情聴取をしました。このころには、竹田会長は海外出張を控えだし、「違法性はない」としたJOC調査チームの報告書(16年9月)も信頼性に欠けるとの批判が高まっていました。
新聞社が積極的に取材し、「竹田氏の疑惑は払しょくできない。東京五輪が迫っており、会長を辞任すべきだ」と、なぜ主張してこなかったのでしょうか。退任表明を待って、「危機感の欠如」、「決断やむお得ない」という社説を掲げるのは安易です。
東京新聞が異色の主張
この問題について横並びの主張が目立つなかで、おやっと思ったのは東京新聞です。「彼一人責の責任だろうか」との見出しです。「大手広告代理店が推薦したコンサルタント会社に2億円超が支払われ、その一部が票の買収に使われた」、「一連の問題の責任を一人に押し付けて幕引きとしてはいけない」「招致にかじを切った関係者、団体が反省することだ」と。社説の中では異色です。
なぜ東京新聞だけが広告代理店(電通の意味)のことまで持ち出して、他紙にない指摘をしたのか。国際五輪委員会(IOC)とスポンサー契約を結んだ企業は、払った契約金の対価として、五輪に絡めて自社、自社商品、宣伝・広告活動に使えます。主要紙の中では東京新聞だけが契約していません。
契約金高に応じて優遇されるレベルが決まっています。最高位はワールドワイド・パートナーシップ(コカ・コーラ、トヨタなど)、次はゴールド・パートナーシップ(キャノン、NTTなど)、3位はオフィシャル・パートナーシップ(JTB、ANA、朝日、読売、日経、毎日など)、それとオフィシャル・サポーター(産経、道新など)です。
スポンサー契約をした新聞社になると、五輪関係の広告を集めやすくなります。五輪の広告特集、スポンサー企業の広告などで広告収入は増えます。半面、デメリットもあり、五輪関係の記事には気を遣うため、今回のような会長辞任問題では及び腰となり、公正中立な報道をしにくくなる。
一方、東京新聞は五輪委にも電通にも、遠慮がいらない。明治天皇の血筋にあたる竹田氏が、怪しげなコンサルタント会社に人脈があるとは思えない。危ないカネの使い方に直接、関わっていたようには見えない。カギは電通が握っているという主張でしょう。
朝日は得意の調査報道はなし
朝日は社説では「なお3か月の間、竹田氏は会長にとどまる。どれだけの人が納得するか」、「開幕まで500日を切った大切な時期に機能しない人物をトップに据え続けて、JOCはどうするつもりか」と、厳しいことは厳しい。問題は厳しいのは口先だけで、「早期辞任を」と迫ったこともなければ、得意の調査報道の成果を次々に突きつけてきたようにもみえません。他紙も同様です。
竹田氏は1月に身の潔白を訴える記者会見をしました。それならそれで、仏司法当局とは別に、改めて電通を含め、厳格な調査をして早急に発表すべきでしょう。東京開催が迫ってくる時期に、捜査が急展開でもしようものなら、影響は重大です。
もっとも日仏の司法制度には違いがあり、仏は「民間人から民間人への賄賂は処罰できる規定がある」のに対し、日本は「民から民への賄賂は禁止していない」のです。ただし、日本でも「不正な請託だと、処罰の対象になる」(会社法)。資金の授受にマネーロンダリング(資金洗浄)が絡むと、国際的な犯罪になる。ですからJOCは再度の調査と見解を示すべきなのです。
竹田氏は「ロビー活動、情報収集が目的のコンサルタント料」と主張しています。名目はそうであっても、支払先でカネがどう動いたか、どこまでそのことを認識していたのか。IOCが強く竹田氏の退任を求めていたというのはなぜか。日仏間には犯罪人引渡条約はなく、仏から要請があっても応じる必要がないのに退任したのはなぜか。メディアが真価を問われる時です。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。