ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで29日、2カ所のイスラム寺院(モスク)で50人が死亡、ほぼ同数の重軽傷者を出した銃乱射テロ事件の犠牲者を追悼する式典が行われた。同国ではNZ最大の都市オークランド、首都ウェリントン、そして南島の都市ダトニーデンでも厳重な警備のもと同様の追悼集会が挙行された。追悼集会には、白人主義者でイスラム系移民を憎悪する極右思想信奉の犯人、ブレントン・タラント容疑者(28)の出身国オーストラリアのスコット・モリソン首相も同席した。
タラント容疑者は現在、未決拘留中だ。裁判では終身刑が求刑される予定だ。同容疑者は今月15日、半自動小銃などでモスクを襲撃し、金曜礼拝中のイスラム教徒に向かって乱射した。
世界に大きな衝撃を与えた事件発生から2週間が過ぎた。タラント容疑者が犯行前にネットに流したマニフェストなどの解明、犯行の動機についてNZ警察は調査を進めているが、同容疑者が2014年、北朝鮮を訪問していた事実が浮かび上がった。
オーストリアのキックル内相は28日、タラント容疑者から昨年上半期に1500ユーロがオーストリアの極右グループ「イデンティテーレ運動」の指導者マーチン・セルナー氏の口座に送られていたことを報告。また、同容疑者が2014年、グループ旅行で北朝鮮を訪問したが、そのグループの中に3人のオーストリア人がいたことを新たに明らかにした。ただし、3人の身元は未公開(「NZ銃乱射容疑者、欧州極右に寄付」2019年3月28日参考)。
NZの極右テロリストとオーストリアの極右団体との結び付き、タラント容疑者が訪朝した時に同行した3人のオーストリア人との関係などについて、オーストリアのメディアは様々な憶測を流している。
オーストリアのクルツ首相はタラント容疑者から寄付を受けたグラーツ(オーストリア2番目の都市)に拠点を置く極右団体「イデンティテーレ運動」の強制解体を視野に入れているが、司法省関係者の話では、「団体を解散させるだけの容疑が実証されない限り、強制解散は難しい」という。
ところで、クルツ政権は中道保守政党の「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権だ。その「自由党」のシュトラーヒェ党首(副首相)やキックル内相は過去、「イデンティテーレ運動」のマーチン・セルナー氏と何度か接触している。
シュトラーヒェ党首はタラント容疑者の犯行を厳しく批判し、NZの極右テロ事件と距離を置き、タラント容疑者や「イデンティテーレ運動」との関係を打ち消すために腐心している。
興味深い点は、タラント容疑者と一緒に北朝鮮を訪問した3人のオーストリア人の身元だ。単なる偶然で一緒になったのか、両者の間に何らかの関係があったのか。西側旅行者が北朝鮮を訪問する場合は基本的にはグループ旅行だ。欧州の場合、ベルリンやウィーンの北旅行専門旅行会社を通じて旅券を得るケースが多いが、今回はスウェーデンの旅行会社の斡旋だ。
オーストリアから過去、北朝鮮を訪問した旅行者は、①「オーストリア・北朝鮮友好協会」関係者、②オーストリアの左派労組関係者、③メディア関係者の3通りが主だ。看過できない点は、北朝鮮はオーストリアの左派政党「社会民主党」(前身・社会党)関係者と深い繋がりがあることだ。友好協会は社民党関係者が多い。だから、タラント容疑者の訪朝時に、社民党関係者が偶然にかち合った、というシナリオが最も現実的だろう。なお、訪朝した3人のうち、1人が内務省に通報し、訪朝でタラント容疑者と知り合ったと報告したという(オーストリア日刊紙プレッセ3月29日)。
米国に拠点を置く右翼の白人ナショナリスト・グループ、「伝統主義青年ネットワーク」の指導者マヒュー・ハイムバッハ氏(Matthew Heimbach)は、「北朝鮮が民族の純潔を維持し、民族のアイデンティティを守る限り、北朝鮮は極右主義者にとって模範の国となる」と主張し、ビデオの中でアドルフ・ヒトラーと金正恩朝鮮労働党委員長の写真を飾っている。タラント容疑者はハイムバッハ氏の思想に大きく影響を受けていたという。容疑者の訪朝動機もそこらへんにあったのかもしれない。
いずれにしても、タラント容疑者の出身国オーストラリアは欧州のアルプスの小国オーストリアとは地理的にかけ離れているが、国名が似ていることもあってよく間違われる。不幸にも、NZの銃乱射事件は両国国民を繋げてしまったわけだ。
■
「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月30日の記事に一部加筆。