漠然とした日本国債への関心はあっても、その本質を理解している人は少ないように思われる。国債のことを理解しようとしても、そのような機会も多くはない。大学などで学ぶ機会も限られよう。
新年度入りして、金融機関などに勤めている人のなかには、国債など債券に接した方もいるかと思う(某中央銀行の政策の影響もあって債券村の人口はだいぶ少なくなったようではあるが)。今回は国債はどのように誕生したのかについて歴史から探ってみたい。
国債の歴史は債券の歴史であり、また有価証券そのものの歴史でもある。国債は国・政府の借金であるが、これは国王や皇帝による個人の借金とは異なる。
中世ヨーロッパの国王は、領地などを担保に商人たちからお金を借り入れていたが、国王に直接お金を融資するにはリスクが伴った。借金を踏み倒される恐れや、国王には寿命もあるため債務が引き継がれるのかどうかもわからないためである。そのため、国王の借金は商人の借金よりも高い金利が求められていた。
12世紀の中頃、ベネチア、ジェノバなど北イタリア諸都市において本格的な政府による債務の調達が開始された。これが国債の起源と言われているものである。たとえば、ジェノバでは議会が元利返済のため税収を他の歳入から分離し、その徴税権を担保に出資債券を発行し国に融資したのである。
この仕組みを取り入れて、国債制度を確立させたのが16世紀におけるオランダである。ハプスブルグ家のカール五世はフランスとの戦争のために巨額の資金が必要となり、領地であったネーデルランド連邦ホラント州の議会に元利金の返済のための税収を与え、その議会への信用を元にして国債の発行制度を確立したのである。
つまり国王の借金ではなく、政府が税収を担保にして永久機関とみなされる議会の信用を元にして発行されたものが国債なのである。そのためには議会を中心として強い徴税権を持った国家の樹立も必要不可欠となる。北イタリア諸都市からオランダ、そしてオランダの制度を取り入れて、それをさらに充実させたイギリスといったように近代国家の形成とともに国債制度が育まれていったのである。
編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2019年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。