スポーツ×テクノロジーの落とし穴

鈴木 友也

先月、日経BPさんが主催した「Sports Tech & Bizカンファレンス2019」で講演する機会を頂きました。頂いたお題は「米スポーツ界のテクノロジー活用の実態と日本版成功モデルの作り方」。スポーツ×テクノロジーは近年注目を集める分野だけに、「喋りづらいなぁ」というのが正直な感想でした。

Sports Tech & Bizカンファレンス公式サイトより:編集部

米国でのスポーツテックの進化の過程を見てきた立場から率直に告白すると、今の日本のスポーツ界のテクノロジーの応用文脈には少し違和感を覚えているのですが、それを上手く伝えられるか自信がなかったためです。言うまでもなく、米国で成功している取り組みが日本での正解には必ずしもならないという前提がありますし、僕のクライアントでもこの分野で事業を行っている企業もいます。やはり、やりにくい。何よりも、2020年の東京オリパラに向けてスポーツ界が成長産業として注目されている今、その勢いに水を差したくないという気持ちもありました。

頂いた講演時間は50分。この手のカンファレンスの講演時間としては短い方です(普通は90分くらい?)。なので、一層伝える情報を厳選して構成を上手く考えないと伝えるべきメッセージが伝わらず、誤解を生むだけで終わってしまうかもしれません。うーん、喋りづらい。

同じようなトピックでは、1年ちょっと前にSBAで「スポーツ×ICTを疑え!? ~米国スポーツ界の“実像”と日本企業が陥りがちな“罠”~」というセミナーを行ったことがありました。少し挑戦的なタイトルをつけてやってみたセミナーだったのですが、意外と受けが良かったこともあり、基本的なアングルは同じ感じで行こうと決めました。しかし、日進月歩のテクノロジーの分野で1年以上前の話をそのまま繰り返しても情報は古いし、面白味もないので、そこは情報をアップデートした上で、構成にもひねりが必要です。結局、カンファレンス当日の朝まであれこれ考えて、テクノロジー企業の立ち位置を俯瞰して整理する形から入ることに決めました。

スポーツへのアプローチの仕方で整理すると、企業は「協賛スポンサー」と「商材スポンサー」に大別されます。協賛スポンサーは読んで字のごとく、スポーツに協賛することで自社の経営課題を解決する、いわゆるスポンサーシップとしての関わり方です。スポーツをツールとして活用することで自社の経営課題を解決することから、「Marketing THROUGH Sports」と言い換えることができます。

一方、商材スポンサーは、分かりやすい例で言えば、スポーツ用品製造者や試合運営支援企業など、スポーツ自体を盛り上げることが事業となっている企業です。サプライヤーと言い換えることができるかもしれません。こうした企業はスポーツと共存共栄関係にあるため、スポーツ自体の経営課題を解決することが重要になることから、「Marketing OF Sports」と呼ぶことができるでしょう。

このように、スポーツに関与する企業でも、協賛スポンサーと商材スポンサーではアプローチが真逆になります。前者は「己」(自社のニーズ)を知ることが重要になりますが、後者は「相手」(スポーツのニーズ)を理解することが重要になります。

「スポーツ×テクノロジー」での最大の落とし穴は、テクノロジー企業は本質的に商材スポンサーの位置づけになるべきなのに、協賛スポンサーとして振る舞っているケースが(特に日本では)多く見受けられることです。本来は、スポーツ組織が抱える経営課題を踏まえ、それを技術で解決するのがあるべき姿なのに、自社のシーズ(テクノロジー)ありきで、それを売ることが目的となってしまうのです。

最近、スポーツの本質を捉えきれない(苦戦中の)事例として米国で良く言及されるのが「VR観戦」です。スポーツ観戦の本質とはソーシャルな体験であり、喜怒哀楽を仲間と共有することを求めてファンは試合観戦を行うわけです。このソーシャル機能は、近年コンテンツ開発や施設設計でもより重要視されているファクターです。

今の技術では、VR観戦はファンが箱の中に閉じこもってしまうため、このソーシャル体験が大きく損なわれてしまうんですね。隣の人とハイタッチもできない。なので、米国ではVR観戦はスポーツの本質を捉えきれない失敗事例として整理されつつあり、実際VCによるVRテックに対する2018年の投資額は前年から半減していますし、VRテック大手のNextVRも今年に入って従業員の4割をレイオフしています。

VR観戦も、例えばミッション・インポッシブルの様にコンタクトレンズにVR映像を投影できるレベルまで技術革新が進めば、ソーシャル体験は損なわれないため話は違ってくるでしょうし、観戦用途以外でも、トレーニング用途(フットボールでQBがパスカバーを判断力を磨いたり、ダウンヒルの滑降選手がコース取りや体重移動の判断力を養うなど)や営業用途(シーズン席や協賛の営業で実際の試合での座席からの見え方や施設での見栄えを見せたり、施設建設前からプレミアム席のモデルルームでVR視聴で未来体験させるなど)などでは活躍の可能性がまだあると思います。

また、顧客体験とかファンエンゲージメントといった、ファンとのI/Fの部分に行きたがる点も日本独特なのかもしれません。しかし、ここは当てるのが難しい領域です。米国でも、一昔前にはアプリを使って今までにない革新的な観戦体験を提供しようと多くのテック企業がこぞって様々なサービス(マルチアングルの映像提供とか、座席からの飲食オーダーとか、トイレの待ち時間表示とか)を開発していましたが、結局今でも定着したサービスはほとんどなく、観戦中のアプリの使用率は低迷したままです。

結局、いろいろと球団やリーグの経営者と話していると、やはり最も顧客体験にインパクトがあり、かつ観戦体験を損なうことがない投資は、ビジョンの大型化と音響設備の拡充に集約されつつあるような印象を受けます。

個人的には、「顧客体験 < サービス < ビジネス < インフラ」という原則があり、左ほど「Nice To Have」(あったらいいけど、なくてもいい領域)、右ほどMust Have(なくてはならない領域)というイメージを持っています。しかし、皆左に行きたがる(笑)。日本のスポーツ界では、テクノロジーの導入が遅れているビジネス領域やインフラが少なからずありますので、そっちの方に注目してもいいのではないかと思っています。

こんな形でカンファレンスの導入部分を整理し、後半は日本のスポーツ界が抱える本質的な問題点や、今後スポーツ界にもたらされるであろう変化の潮流・トレンドについて駆け足でお話しさせて頂きました。自分の頭の中でも上手く整理できていなかった領域だったこともあり、「たった50分の講演なのに何時間準備にかけるんだ」と自分で突っ込みを入れたくなるくらい悩みながら構成を考えた講演だったんですよね。

まだ自分の中でどれだけ聴いて頂いた方々に有益な情報を提供できたのか手応えが掴み切れない感じではあるのですが、講演後、わざわざ控室までいらして頂いて「感動しました」と感想を伝えてくれた方がいらしたり(こんなことは初めてでした。僕も感動しました!)、個別に来場してくれていた知り合いからも割とポジティブなフィードバックは聞けたので、悩みながらも準備をした甲斐は少しはあったなと、少しは安堵したところです。

とはいえ、最後は駆け足になり、何枚かスライドもスキップせざるを得なくなってしまいました。余裕をもって構成を考えたつもりだったのですが、やはり、少しでも丁寧に説明しようとすると、時間があっという間にたってしまいます。スポーツ賭博の部分などは、もっとじっくりそのインパクトや本質的な意味について解説したかったのですが、残念です。まあ、これはまた別の機会にということで。

感想やご意見、建設的批判はWelcomeですので、是非当日お越し頂いていた方がいましたら、共有して頂けますと幸いです。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2019年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。