ミドル・シニア社員とどう向き合うか
前回の記事では、ミドル・シニア社員自身にとってのキャリア自律の意味や、取り組み方法についてふれました。そこで今回は、この世代層のキャリア自律を支援・促進する立場の経営者・管理者、人事担当者の役割と支援について考えます。
ミドル・シニア社員自身の不安・悩み、ことに定年退職後も見据えたキャリア展望の問題は、経営・管理者や中堅・若手社員にとってもいずれ自分も辿る道であり他人事ではありません。たとえ経営幹部層であっても上り詰めた肩書・役職から外れてしまえば普通の「人」。状況は同じです。
しばらくは出向先や転籍先での仕事・役割を得られても、次第に、また最終的には「自分には何ができるのか」が問われてくるのです。ですから、キャリア自律の課題を「上から目線」や「会社都合」だけで見るのではなく、誰にでも当てはまる「自分事」としてとらえた上で、当事者意識をもって支援することが大事です。
けれども、キャリア自律を考える主人公は、あくまでミドル・シニア社員自身です。本人の人生のクライマックスまでの働き方や生き方に関わる課題ですから、会社側が一方的に「こうすべし」と決められるものではありません。したがって、会社・上司の基本的な姿勢としては、本人のキャリアの棚卸しや今後のキャリアプランづくりに寄り添い、その実現に向けた支援者に徹することが大切です。
「ウィン・ウィンの成果づくりへの支援」の視点で
会社側がミドル・シニア社員に望むことは、職場の良きベテランとして、あるいは得意分野のプロフェッショナルとして、顧客やチームに積極的に貢献してほしいということでしょう。
しかし、ミドル・シニア社員の側は、前回のコラムで見たように、職場での現在の位置に居心地の悪さや無力感を感じ、一方で「遠のいたキャリアのゴール」に戸惑い、将来への不安を感じています。そして、退職後の生涯にわたる働き方・生き方も模索しつつ、現在の会社での働き方と、その後のキャリアプランまでを練り直す必要性に迫られている立場です。
そこで、会社側には、こうしたミドル・シニアの不安やニーズに寄り添いつつ、本人が自律的で主体的な仕事への意欲や見通しを取り戻しながらキャリア自律を目指す方向と、この世代から顧客やチームへの貢献といった会社の目的達成への力を引き出す、「ウィン・ウィンの成果づくりへの支援」が望まれます。
本人の強みや持ち味を把握し、内省や視野拡大、活躍を支援する
管理職(上司)にできることとしては、ミドル・シニアの特性やニーズを把握しつつ、仕事上での新たな挑戦や、自分の可能性や視野を拡大する機会づくりのために、社内外のリソースをうまく活用できるように援助することです。そのためには、本人との面談などで、これまでの社内外での経験や強み・持ち味、また本人の悩みや希望などを聴き、しっかりと理解をしておくことが大切です。
そのうえで、本人の内省・気づきの促しや視野拡大の機会となる仕事を意識的に分担したり、それらの成功に役立つ社内外の人や情報を紹介するといった支援が考えられます。さらに、他部署との連携事業や協働プロジェクトなどで、本人の経験や力を活かすことで組織としての相乗効果や付加価値を生み出せる場をセットすることができれば効果的です。
また、得意分野・専門分野での後輩へのアドバイスや支援を期待できそうであれば、そうした役割を担ってもらうこともよいでしょう。もしもプライベートの会話ができる関係ならば、趣味や自己啓発、副業や社会的活動の面などで、よい機会や情報を紹介・提供することもよいでしょう。
ミドル・シニア世代が「あらためて活躍しよう」「新たな役割を担おう」と動き始めると、最初は何かとぎくしゃくしたり、組織内にハレーションが起きる可能性もあるかもしれませんが、そこをうまくカバー・支援することも管理職の役割と言えるでしょう。
ミドル・シニアを起点とした組織活性化・組織開発を考える
会社として、大局的・長期的に考えれば、ミドル・シニア層が活性化することは、組織として望ましいことです。ミドル・シニア問題は、組織にとって避けて通れない困難な課題である側面は否めません。しかし、長らく仕事の経験を積んできたミドル・シニア層がその力を発揮して積極的に組織に貢献することは、確実に組織力アップにつながるはずです。
また、この世代が活性化し活躍する後ろ姿を若手・中堅世代が見ることによって、会社での自分達の将来像、ボジティブなキャリアの展望を描くことでき、優秀な人材の会社へのエンゲージメントや定着率を高めることにも結び付きます。
人事・人材育成担当者は、経営・幹部層にこうしたメリットを伝え、上層部を巻き込みながらミドル・シニア活躍支援のための本格的な仕組みづくりを進めることが考えられます。例えば、この世代が中心となった新規事業提案制度や社内ベンチャーの立ち上げなど、会社の成果や活性化に役立つプロジェクトを創設し、ミドル・シニアの力を大いに活用するのです。
当該世代にとっては、自律的・主体的に自分の役割と仕事を創出し、周囲を巻き込み、成果・結果を出すという自己鍛錬・キャリア自律への本格的なトレーニングの場となります。また、企業サイドにとっては、厳しいビジネス環境の中で、起死回生のアイディアや新機軸事業が生まれるかもしれません。
もし、社内にたとえ一握りでもこうしたミドル・シニアの良きロールモデルが出てくれば、大いに評価して社内イベントや社内報などで周知し、組織内に伝播させる。そして、これに触発されて後に続く好事例が出てくる…。こうした好循環が回るようになれば、組織開発の仕組みとしても成功と言えるでしょう。
組織と個人が共にマインドセットとアクションを起こす
「ミドル・シニア問題」への対応は、ともすると当該世代の今後の身の処し方、働く心得に関する「マインドセット」の研修・セミナーに終始する場合があり、「黄昏研修」などと揶揄されがちです。しかし、大事なことは、これまでの会社への貢献部分を認め、当該世代の今後の仕事人生のビジョンづくりに寄り添うことでしょう。そして、「ウィン・ウィンの関係」で会社としての期待や、具体的な活躍の場を提供し、あるいは次のキャリアステージ模索への支援策に丁寧につなぎ、前向きに伴走していく姿勢が求められます。
その意味では、まず会社側が自らの心構えや行動準備を整えるマインドセットを果たし、そのうえでミドル・シニア層に対する啓発・研修等と支援策を導入することで、はじめて双方の思いとビジョンが噛み合い、ミドル・シニアのキャリア自律支援の歯車が好転し始めるのです。
(人事・教育研修担当者のためのオンラインマガジン「人材育成ジャーナル」より)
前川 孝雄 FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師、働きがい創造研究所代表取締役会長
リクルートで「リクナビ」編集長等を経て、2008 年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志にFeelWorks設立し、「人が育つ現場」づくりを支援。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』他多数。