「ミドル・シニア社員問題」とは何か
今回は、最近クローズアップされている「ミドル・シニア社員のキャリア自律」のあり方を取り上げ、課題の背景や、この世代の人たちがいかに自らのキャリア構築に取り組むべきか、当事者の立場・視点から考えてみましょう。
ここで取り上げる「ミドル・シニア社員」とは、主に非管理職または肩書だけの部下なし管理職等で、40代半ばから60歳代に至る世代の社員を総称するものです。次に、50歳代以降の役職定年、60歳以降の定年や再雇用、さらに65歳以降の再雇用契約終了などを迎える、キャリア終盤の節目にある社員、またはその準備期にある世代層の社員です。
経営視点から見る「ミドル・シニア社員問題」とは、このキャリア段階の社員が社内で働き続ける意欲を持てず、今後の自らのキャリアや退職後の見通しに不安のある状況や、実際に活躍の場を持てずいわば「社内失業」にある状態です。さらに周囲の後輩や上司がうまく関われず、対応に苦慮している状況などと捉えられるでしょう。この問題も、前回までのコラムで触れてきた日本型雇用の生み出した一つの結果であり、中高年社員の比率が高まるなかでよりクローズアップされてきた課題です。
現在の50歳前後は、就職時はバブル経済の絶頂期の頃で大企業に就職する比率が最も多かった世代です。そして、正に日本型雇用の代表的企業で、終身雇用・年功序列のエスカレーターに乗り、会社の期待にきちんと応えていけば「将来安泰」と考えていた人たちです。ですから、いわば滅私奉公型で、会社が望めば過酷な長時間労働や転勤も厭わず、無理・難題にも向き合い頑張ってきました。ですから、若い時は少々辛くても次第に職位や待遇も上がり、定年までの間は何かと会社の恩恵に与れるだろうと信じていました。
裏切られた期待…想定外でプライドも傷ついて…
ところが、産業・経済の構造変化やグローバル化のなかで、日本企業は年功序列の維持が困難となり、ミドル・シニア社員に十分報いる見通しがもてなくなりました。既に1990年代には年右肩上がりの賃金が崩れて、成果主義が取り入れられ、職能給から職務給への切り替えが進むなど、一般社員の給与は頭打ちとなります。さらに、国政の失策で社会保障財政が逼迫し、厚生年金の保険料率の引き上げ、消費税の導入・増税等によって実質的な手取り収入が減り、在職中また退職後の経済的見通しも不透明になってきました。
一方で、中高年社員の増加に伴い、40~50歳世代の管理職比率が下がっています。男性社員の場合、会社の職位が自己尊厳・プライドと密接につながっている場合が多く、同期が出世して自分が非管理職や肩書だけの役職者(部下なし管理職等)となればモチベーションが低下します。さらに、30~40歳代のキャリア意識の高い後輩が管理職に登用され「年下上司」のもとで働くことになれば、さらにプライドは傷つきます。
それでも、同期前後の管理職が役職定年となる50歳過ぎから、せいぜい定年の60歳までが「我慢の期間」と思えばまだ良かったのです。ところが、にわかに「人生100年時代」の到来が叫ばれ、政府も70歳までの雇用延長や年金支給時期の繰り延べを検討し始めました。そうなると、ミドル・シニアにとっては「我慢してきた職業人生ゴール」が遠のき、社内・外を問わず70歳代まで自力で何とか働く道を考えざるを得ない状況に迫られているのです。
「雇用保蔵」という言葉をご存じでしょうか? 企業が生産活動に必要な人員以上に雇用している余剰人員がいる状態のことで、「社内失業者」「社内ニート」とも呼ばれます。そのような状態にあるミドル・シニアは現在も一定数存在しますが、今後さらに増える可能性があるのです。
会社の中の職位というモノサシから脱却し、自分を活かす道を見出す
社内での出世に拘り、40~50歳前後で「出世の道」から外れれば、不満を引きずったままその後の会社員人生を過ごさなければなりません。しかし、考えてみれば、部長職やさらには役員・経営トップ層の椅子というのはごく限られた数です。しかも、一握りのトップ層に近づくほど厳しく結果責任を問われる立場となり、在職期間も数年という場合も少なくありません。そうした「希少な人材」になるのは、宝くじに当たることに等しいのです。そして、こうした出世競争に勝ち残るために家庭や健康を犠牲にする場合も多いのですから、そうした出世第一の考え方、働き方に長らく捕らわれていることが果たして幸福かどうか、考えさせられます。
そこで、ミドル・シニア世代は、なるべく早めに「会社の職位」という自己尊厳のモノサシを外して考えてみることが大切です。そして、自分が将来に渡って本当にやりたいことは何なのか、自分の強みや持ち味は何かを見つめ直してみるのです。社会人として20年、30年と働いてきたことで得てきたもの、築いてきたものは必ずあります。それを「棚卸し」し、再確認したうえで、自分の強みを活かせる分野や関心のある領域で活躍できる方法や場を模索してみるのです。
私のリスペクトする知人に、自他ともに「会社のルーツ伝道師」として活躍する人がいます。この方は40歳代で社内の出世競争からは外れていましたが、そこは割り切っていました。そして、プライベートで趣味を謳歌したり、大学の非常勤講師も勤めながら、60歳代の今も社内では必要とされる存在です。自分の強みである社内キャリアの長さを活かし、「会社の生き字引」としての位置を確立して、とても重宝がられています。部下や後輩に対して決して偉ぶらず気さくに接し、かつての事業・組織の成り立ちや人脈の話など、貴重な情報提供やアドバイスを続けているのです。このように自分の持ち味を活かし、後輩・組織に貢献することにやりがいや喜びを見出していくという働き方・生き方に感銘を覚えます。
自分の価値を社外で測ってみる:テストマーケティングのすすめ
そこで、ミドル・シニアが、自らの長いキャリアの見通しを立て直すために、自分自身の「第二、第三のキャリアに向けたテストマーケティング」を行うことをお勧めします。自分が現在の会社で蓄積したもののうち、自分では気づいていないところで社内の他部署や社外で評価される力があるかもしれません。一方、「自分は〇〇ができる」「〇〇力はある」と思っていても、そのままでは役に立たないかもしれません。そこを会社で働きながらにして、フィジビリティ(試行事業)や他流試合で試してみるのです。
幸い社内での提案制度や社内起業制度がある会社なら、ぜひ積極的に活用しましょう。例えそこで少々失敗しても、社内での叱責や不評を買うだけです。いきなり転職や独立して失敗する取り返しのつかないリスクはありません。とても個人ではできない貴重な実験・体験ができるのですから、会社というのは自身を磨く材料の宝庫です。
また、かつての同窓生と会って他分野での仕事や活動の経験を聴き、何か手伝えることはないか、参考になる体験や学習の機会をもらえないか相談することも良いでしょう。相手が自営業者や中小企業であれば、会社組織でのマネジメントや事務系のノウハウが意外に役立つ場合があります。また、地域活動やPTA、ボランティア・NPOなどの社会貢献活動の機会に参加することもよいでしょう。最近は、ミドル・シニア向けのインターンシップを組み込んだキャリアセミナーも登場しています。働き方改革の一環で、残業規制や副業解禁などの動きが出ていますから、他流試合ができるよい機会です。
定年退職後の60代後半で輝き続けているあるシニアは、大企業幹部だった現役時代のうちに、自分と息子の共同経営の居酒屋を立ち上げ、運営を子どもに任せ、妻を女将にした店舗経営を始めました。アフター5には会社の同僚や部下も店に立ち寄り、和気あいあいと楽しんでいるそうです。これは、自分が将来やりたい自営の仕事でのマネタイズの疑似体験・練習を開始して、退職後には本格的なビジネスとして回していこうという、とても上手なキャリアシフトのお手本と言えるでしょう。
「未来年表」をつくり目的地から逆算して必要な仕事・活動を計画する
現在52歳の私は、20代後半から自分自身の「未来年表」をつくり、節目ごとに更新しています。5年後、10年後、20年後に「どのようになっていたいか」を描き、そこから逆算して「〇歳の時には、こうした仕事と体験をする」「〇歳ではこの学び直しをする」「〇歳までにこうした人脈をつくっておく」といったことを書き込み、計画的に実行していくのです。ミドル・シニア世代にも、50代、60代、70代の未来を想像し、可視化してみることをお薦めします。こうした自分の未来像、将来の目的地から遡って、今できることを考えてみると、会社員をしているうちにやれることがいかに多いかに気づくと思います。
私自身、11年前に起業した時の経験から痛感していることがあります。雑誌やWEBサイトの編集長を務めていた私には「編集」の経験がありましたから、人材育成の講演・研修プログラムや著作等を企画し編集することはできました。しかし、いざ起業してみると、会社運営のための社会保険や税務などの事務や営業活動など、これまでに経験のない仕事が必要になり、とても苦労しました。
そこでつくづく感じたのは、かつての職場の在職中に、希望をしてでも経理や営業の仕事を体験しておけばよかったということです。人事異動が適わなくても、同僚に頼んで営業同行をさせてもらえば直にノウハウを見て学べますし、経理や総務の仕事もポイントだけレクチャーを受けることもできたと思います。すなわち、「会社は、様々な体験と学びの宝庫・貴重なリソースだ」ということに、独立して初めて気づかされたのです。そう考えると、ミドル・シニアにとっての会社は、自分の未来づくりのためのまたとない機会が得られる絶好の場所、パラダイスだとも考えられるのです。
以上述べてきたとおり、ミドル・シニアはできるだけ早い時期から自分の「棚卸し」をしつつ、60~70歳代以降の自分の将来像をじっくりと考えることが大切です。その上で、今から会社の内外で自分の力をどう活かすか、またどのような経験や学習を積んでおくかをしっかり考え、計画し、実行します。そのことが、今の職場で目的とやりがいを持って前向きに働く原動力にもなり、自分の今後の働き方・生き方の可能性を大きく広げる「キャリア自律」にもつながるのです。
(人事・教育研修担当者のためのオンラインマガジン「人材育成ジャーナル」より)
前川 孝雄 FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師、働きがい創造研究所代表取締役会長
リクルートで「リクナビ」編集長等を経て、2008 年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志にFeelWorks設立し、「人が育つ現場」づくりを支援。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』他多数。