ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は12日、ロシア外務省所属「外交アカデミー」年次集会で大学教授や学生を前に「新しい世界の秩序」について語った。同外相は「西欧のリベラルな社会秩序は死につつある。新しい世界の秩序が生まれてきている」と高らかに宣言した。タス通信が同日、報じた。
ラブロフ外相は、「西欧のリベラルな発展モデルはグローバリゼーションと呼ばれている。それは国家主権の部分的損失を促すもので、その魅力を失いつつある。もはや全ての人々を満足させるものではなくなってきた。西欧では多くの人々がグローバリゼーションに懐疑的になっている」と説明。同外相によれば、グローバルな発展は「多様な軸を後押しするプロセスによって導かれなければならない」という。それを同外相は、「多極な世界秩序( polycentric world order)と呼んでいる。
ラブロフ外相の演説にもう少し耳を傾けよう。同外相は、「明らかに、多軸と世界各地の新しいパワーセンターの出現はグローバルな安定を維持する努力が求められる。そのためには利益と妥協のバランスが必要だ。その意味で外交は新しい世界秩序では重要な役割を果たすことになる。特に、一般的な受容可能な解決が求められる多くの問題が山積しているからだ。地域紛争、国際テロ問題、食糧安全問題、環境保護問題などだ。だから、ロシアが信じてきたように、外交だけが唯一、全ての人々に受け入れられる合意を実現し、実質的な決定をもたらすことができるものだ」という。まさに“外交賛歌”のようなメッセージだ。
ラブロフ外相の演説はそれだけでは終わらない。外交の重要性を強調した後、米国批判に移る。「米国とその仲間たちは他国に対し、自身の主張を受け入れるように強要している。彼らは長い歴史の中で世界問題を自国の経済的、金融的な見地から支配してきた。その立場を維持したいという明確な願いのもとに動いている。米国とその仲間たちはもはやグローバルな経済、政治問題を解決できない。彼らの支配を維持するために、権威を駆使する。すなわち、恐喝と圧力だ。彼らは主権国家の内政にも荒々しく干渉することを躊躇しない」と語った。
ここまで聞いてくると、ラブロフ外相の演説内容はロシアの過去の外交、例えば、ウクライナのクリミア半島併合を弁明するというより、批判することにもなることに気が付く。クリミア半島の併合は第2次世界大戦後、国境線の変更を認めない国際社会の外交原則を破り、武力で併合した実例だからだ。もちろん、ラブロフ外相はクリミア半島の併合問題には言及せず、米国外交の批判に徹する。その意味でラブラフ外相の演説内容は新しいものではない。典型的なロシア外交だ。
プーチン大統領が安倍晋三首相と北方領土問題、平和条約締結問題で交渉している時、ラブロフ外相はモスクワから、「日本は戦争に敗北したという事実を受け入れるべきだ」と発言し、ロシアが占領している北方領土はその戦果だと主張する。
換言すれば、ロシアは戦争の戦果である北方領土を返還する考えはないことを示唆したわけだ。プーチン大統領が安倍首相の目前で言えない本音をラブロフ外相が代わって語ったわけだ。その発言は外交賛歌ではなく、力の賛歌だ。ロシアがバルト3国で展開しているロシア軍の動向は、その典型だ。
いずれにしても、ラブロフ外相が語ったように、世界は冷戦終了後、「新しい世界秩序」の構築を目指して奮闘してきた。中国の台頭、ロシアの停滞、欧州の混乱で世界の政治バランスが大きく変わった。そこに“米国ファースト”を主張するトランプ大統領が出てきたことで、その世界の政治バランスは一層混沌としてきた。
「世界の警察官」の役割を放棄したトランプ米政権、「ロシアの大国」の復興を夢見るプーチン大統領、「世界の覇権」を秘かに狙う中国の習近平国家主席、それに「欧州の統合」を進める欧州連合(EU)、これらの4者の主人公を中心に21世紀の「新しい世界秩序」の構築が進められていくわけだ。そのような中で、「アジアの大国」日本が「新しい世界秩序」の構築プロセスでどのような役割を担うことができるか、日本外交の課題だ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月15日の記事に一部加筆。