「航行の自由作戦」に組み込まれた台湾海峡
米太平洋艦隊は3月24日、「自由で開かれたインド太平洋に対する米国の関与として、米海軍の駆逐艦『カーティス・ウィルバー(DDG54:8850トン)』と沿岸警備隊の警備艦『バーゾルフ(WMSL750:4110トン)』が台湾海峡を通峡した」と発表した。
今年に入って米海軍の艦艇が台湾海峡を通峡したのは3回目であり、今回までの状況は以下のとおりである。
①1月24日、駆逐艦「マッキャンベル(DDG85:9510トン)」及び給油艦「ウォルター・S・ディール(T-AO193:40700トン)」
②2月25日、駆逐艦「ステザム(DDG63:8850トン)」及び貨物弾薬補給艦「シーザー・チャベス(T-AKE14:41000トン)」
これ以前にも米海軍は、昨年の10月と11月に今回と同様な海軍艦艇2隻による通峡を実施しており、ここ半年間を見るとほぼ月1回のペースで台湾海峡を通峡していることになる。つまり、これは「台湾海峡の通峡」が南シナ海などで行われている「航行の自由作戦」の一環として実施されるようになったものと受け止められる。おおむね、基本的なパターンとしては、米海軍の艦艇が「太平洋からフィリピン北部のバシー海峡を通峡して南シナ海に入り、南沙諸島や西沙諸島周辺を遊弋した後に、台湾海峡を北上して東シナ海を経由して帰投する」というような航程であろう。
この一連の行動が意味するところは、南シナ海の遊弋については中国の人工島建設やこれに伴う軍事基地の拡大などの「南シナ海における覇権拡大問題」、台湾海峡通峡については「台湾統一問題」、東シナ海での航行については「尖閣諸島領有権問題」というような国際問題に関わる軍事的プレゼンス(示威行動)である。
それにしても、月1回のペースというのは尋常ではない。特に、台湾海峡の通峡をこのオペレーションに加えたというのに間違いがなければ、これはただ事ではない。台湾の統一を「死活的国益」とする中国にとって米国(海軍)のこの行動は何より許容しがたいものであるからだ。
1996年の「(第三次)台湾危機」においては、中国がこの海域で弾道ミサイルなどの実射演習を行って(総統選挙前であった)台湾を恫喝した際、米空母群(空母を中心とする艦艇グループ)がこの海峡を強行突破して一触即発の状態に陥ったのであった。この危機が収まって以降、中国との無用な摩擦は起こさないとの配慮から、米海軍艦艇は台湾海峡の通峡を避けてきた。というより、そもそも太平洋から南シナ海へ抜ける際やこの逆の場合も、バシー海峡を通ればより近いことから、米艦艇があえて台湾海峡を通過する必要はないのである。
南シナ海などにおいて中国の覇権拡大が明らかになってきたここ数年でも、米(駆逐艦などの戦闘)艦艇が示威行動としてこの海峡を通峡するのはせいぜい年に1回あるかないか程度で、中国による米国への余程顕著な政治的又は軍事的敵対行動が行われた時ぐらいであった。
おそらく、この「台湾海峡通峡」や「航行の自由作戦」と名付けられた一連の軍事オペレーションについては、事前に必ず最高指揮官である大統領の承認を得ているに違いない。
米国が示威行動で中国に送ったメッセージ
このように、米国による示威行動が活発化した背景を考察するに、今年1月15日に異例の形で発表された米国防情報局(DIA)の「中国の軍事力に関する報告書」が分かりやすい。この報告書でDIAは「中国が台湾の統一を視野に東アジア全域での覇権確立に関心を抱いている」と警告し、「この台湾統一の意思こそが中国人民解放軍の装備近代化の『根本的原動力』である」との認識を示している。
また、尖閣諸島問題にも触れ、「日本が紛争をエスカレートさせる行動をとったと中国が判断すれば、尖閣周辺に展開する自衛隊への攻撃を正当化することもあり得る」と懸念を露わにしている。つまり、米国はもはやこのような中国の動きに対して、自国の国益を侵害する深刻な脅威と感じるようになり、この対応に本腰を入れ始めたという事なのであろう。
特に、今年に入ってからの米海軍の活動で注目すべき点がある。それは、3回にわたって台湾海峡を通峡した米艦艇の内訳が、いずれも戦闘艦艇(駆逐艦)と補給艦などとのペアという構成で、しかもこの延べ6隻全てが異なる艦艇であったということである。最近では、米艦艇が台湾海峡を通峡する場合などには必ず中国海軍の艦艇がこれに随伴して行動の監視にあたることから、潤沢な戦力で支援体制も整えてこのミッション(作戦)に臨んでいるということを見せつけることが狙いであったものと考えられる。
なお、この「航行の自由作戦」が開始された当初(2015年後半)は、基本的に戦闘艦艇(駆逐艦等)1隻による哨戒(パトロール)という形態であった。昨年夏に相次いで大規模な海難事故を起こした米海軍の駆逐艦「フィッツジェラルド(DDG62:8850トン)」や同「ジョン・S・マッケイン(DDG56:8850トン)」などもこのミッションが開始されて以来、ほとんど単艦で任務を遂行していた。
この相次ぐ事故で、これら戦闘艦艇の過度の負荷が指摘されていたことから、米海軍は東アジアにおいて監視任務に就く艦艇の運用ローテーションを見直し、艦種や隻数を増強してこの地域の対応にあたっているのであろう。
中でも筆者が瞠目したのは、3月24日のペアに米沿岸警備隊の大型警備艦「バーゾルフ」が参加していたことである。従来、同種の警備艦は捜索救難演習(SAREX)などに参加して海軍と活動を共にすることはあるが、このようなアクチュアル・ミッション(作戦行動)において戦闘艦艇に随伴するようなことは見たことがなかった。因みに、沿岸警備隊は国防総省の隷下ではないものの、米合衆国法典により軍隊と格付けられており、戦時などにおいては大統領令等によって海軍の所属となる。これを考えると、「もはやこの地域における米軍の態勢は平時のそれではない」、と言っても過言ではないだろう。そして、この3月24日の示威行動には、二つの意味が込められていると考えている。
その一つは、前述のように沿岸警備隊までも「航行の自由作戦」に加えるという臨戦態勢を中国側に見せつけ、「これは単なるデモンストレーションではない」という強い意志を伝えているということである。もう一つの意味は、この警備艦が日本の佐世保港に配備された理由にある。米インド太平洋軍は、この警備艦の配備にあたりその理由を「北朝鮮による瀬取りの監視」と公表した。
つまり、このような任務の艦艇が(海軍の戦闘艦艇に随伴して)南シナ海から台湾海峡を航行したということは、「たとえ中国の影響力の強い近海であろうとも、北朝鮮の瀬取り行為を取り締まる」言い換えれば、「中国は北朝鮮の瀬取り行為などを黙認するな」というメッセージを送ったということである。
要するに米国は、軍事面では台湾のみならず北朝鮮の問題においても中国をけん制し、経済面では米中貿易交渉で圧力を加え、拡大する中国を封じ込めようとしているのであろう。
一方の中国も、当然ながら米国のこのような活動を座視するはずがない。
(後編に続く)
鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。