消費税率8%のままでも財政は破綻しない

池田 信夫

OECDの対日審査報告が「日本は消費税率を最大26%に上げるべきだ」と提言したことが話題になっているが、その前提には疑問がある。

図1 OECDの予想

図1がOECDのシミュレーションだ。2026~35年までにGDP比5%の増税(消費税率20%)を行ってプライマリーバランス(PB)を黒字にした場合は、政府債務比率はGDPの150%に収斂するが、何もしないと債務が発散して、2060年にはGDPの560%に達すると予想している。この前提は、2020年までは内閣府のシミュレーションの「成長実現ケース」、それ以降は内閣府のモデルを2060年まで延長した数字だ。

図2 政府のPB予想

この成長実現ケースでは名目成長率が急上昇して、2028年には3.4%になると見込んでいるが、これはかなり楽観的だ。それより問題なのは、名目長期金利を3.4%と想定していることだ(実質1.4%)。これは1990年代前半の水準である。この前提はインフレ目標2%が達成されることだが、これも疑わしい。

図3 政府の長期金利の予想

成長率と金利の関係がどうなるかについては長い論争があるが、マイナスの続く実質金利が1.4%に急上昇することは考えられない。日銀の推定した2060年の自然利子率(均衡実質金利)は0.5%程度で、最大でも1%に達しない。

したがって名目成長率が「ベースラインケース」の1.5%もあれば「名目成長率>長期金利」の状態が続くだろう。この場合は政府債務比率が縮小するので、財政破綻(政府債務の発散)は起こりえない。

内閣府のシミュレーションは消費税を10%に上げることが前提になっているが、8%のままでも国債をゼロ金利の新発債に借り換えると、PB赤字は減ってゆく。そのペースが(ゼロ金利の2018年と同じ)毎年0.2%ポイントだとすると、2028年にはPB赤字は-0.8%で安定する。これを図2に描くと、黒線のようになる。

PB赤字は、必ずしも悪ではない。直感的にいうと、ゼロ金利では資本収益率が成長率より低いので、資本蓄積するより現在世代(政府)が将来世代から借金して消費したほうが成長率が上がるのだ。ブランシャールはこうのべている。

日本のように国内需要が構造的に低いようにみえ、影の中立金利がつねにゼロまたはマイナスに近いままだと、GDPを維持するには恒常的なPB赤字、ひいては債務の累積が必要になるだろう。この場合の財政的コストはゼロで、経済厚生のコストもないかもしれない。

「影の中立金利」とは、潜在成長率と両立する自然利子率をさす。これが長期的にマイナスのままだとすると、PB赤字を続けても財政は破綻せず、成長率の増加で将来世代も利益を得る、というのが彼の予想である。

これはOECDとはまったく違うが、理論的・実証的に裏づけられた見解である(ブランシャールはIMFの歴史上、もっとも影響力のあるチーフエコノミストといわれた)。ただし彼は財政赤字をどんどん出すべきだと提言しているわけではない。「成長率<金利」になると、債務比率は発散する。政府債務はよくないが、それによる成長のメリットとの比較衡量が必要だ、というのが彼の提言である。